第2回 日本・アルバニア協会 理事会総会
[当日出席者へ;記載内容に誤り等あれば御指摘下さい]

1998年12月19日 16時〜18時
於 工房自在(金沢市湯涌町・湯涌温泉   会員・堀政靖氏の別荘)
司会は事務局長の片山直樹氏(TOTO)。参加者は約20名。NHK及び北國新聞からの記者も出席した。

1.代表理事の中津孝司氏(大阪商業大)による挨拶

2.役員の承認
 これは現行役員のままで拍手承認された。なお、次回以降は欠席者の委任手続きなどを正式に行う必要性が提案された。
3.協会定款について
 これも内容に変更なし。拍手承認された。
4.新会員報告
 これは現在まとまっておらず省略。なお会費徴収について、郵便振込用紙の送付など周知徹底させることが確認された。

5.会計報告
 1997年度(1997年4月5日〜1998年3月31日)決算は収入3835000円(主に会費収入と寄付)に対し、支出4373171円(主にアルバニアからの招待客渡航費、記念式典開催費、会誌印刷費)で538171円の赤字。ただしこれは98年中の収入により補填される予定。

6.その他の問題 今後の活動について
 現在継続中の活動として アルバニアからの留学生のための相談を続けていくこと コルチャの施設支援のための郵貯交付金申請について、今年度は不採用となったものの、引き続き申請を続けることが確認された。
 次に、今後の活動案として NPO団体への昇格 協会入会への取り組み(現在会員数76名であることが報告された) 報告・連絡・相談の体制整備、特に会誌「アファルディータ」の年2回刊行化 役割分担の明確化、特に事務局長への負担を分散させること アルバニア人留学生との交流(この件に関連して、つくば在住のブヤル・ミュスリマイ Bujar Myslimaj 氏がNHK研修センターで講演を行ったこと等が報告された)が提案された。
 更に社会貢献の手段として、アルバニアへ柔道着を贈る活動の現状が報告され、贈り先をどこにするか、輸送手段をどうするかといった問題が指摘された。なお集まった柔道着は現在170着。
 なおコソヴォ問題については、政治問題としての複雑さ、具体的な支援の地理的困難さ、協会本来の目的が日本とアルバニア共和国の「Nationの交流」であること等から、協会としての支援活動などは見送られることとなった。

 現在までの協会活動は以下の通り;

1997年4月5日 協会発足。金沢リファーレにて第1回理事会総会・記念式典。
1997年7月 会誌「アファルディータ」創刊。
1997年8月 金沢市でのジャパンテントに協会関連のブース出展。中津孝司氏研究のためアルバニアに滞在。後「新生アルバニアの混乱と再生」(創成社)を出版。
1997年10月 東京にて有志による親睦会。
1997年10月〜11月 テレビ東京ドキュメンタリー番組「もう一度会いたい!」(同年12月24日放送)の製作協力のため会員有志アルバニア+ギリシア訪問。
1998年3月 札幌の山崎洋子氏が中心となり支部設立の準備開始。
1998年4月 コルチャの「つばめの家 Dallëndyshet」へ援助のためボランティア貯金交付金申請。アルバニア人医師 Arben Kërçiku 氏、協会仲介により松前財団奨学生として九州大へ
短期留学。
1998年9月 中津孝司氏・大倉晴男氏・金森俊樹氏の共著「現代バルカン半島の変動と再生」(神田・杉山書店)出版。
1998年9月22日 イスマイル・カダレ Ismail Kadare 氏久留米での講演に有志参加。
1998年11月2日 パスカル・ミロ Paskal Milo 外相一行アルバニアより 東京訪問。ホテル・ニューオータニにて歓迎会。
1998年12月19日 第2回理事会総会

7.顧問の黒川剛氏(中央大学、前オーストリア大使)より「民間の国際交流の在り方についての提言」
 

 総会終了後、宴会が催された。料理に腕を振るったのは金瀬久雄氏(金沢ニューグランドホテル和食総料理長)他。献立は以下の通り;

先附  烏賊黒作り天盛り柚子、胡桃豆腐三つ葉
お造り 氷見産鰤、甘海老、烏賊、梅貝、白髪大根、山葵
煮物  鱈の子昆布巻、小芋、菜種、木の芽添
鍋   鴨鱈鍋、水菜、白葱、茸、白山豆腐
焼肴  岩魚塩焼、笹の葉 他
強肴  鱈の白子、橙酢、薬味
酢の物 ずわい蟹、甲箱蟹、酢立
碗   おろし蕎麦(鳥越村 才次郎手打)
ご飯  かにめし、零余子
果物  福光産干し柿、苺、橘

お酒  天狗舞(加賀)、勝駒(高岡)、立山(富山)、岩魚骨酒、ビール、ワイン 他

 宴会終了後、更に有志は囲炉裏を囲んで深夜まで語り合った。そして翌朝、彼らは片山直樹氏特製の「鴨雑炊」を賞味した後、各自帰途に就いたのであった。
 
 
 

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