地底のほら穴、神殿にカムフラージュした城壁破壊装置・・・ゲント・ルヴィナはテーブルを離れ、少しの間、窓のところに立っていた。
 空には雲が垂れ込め、空気は重苦しく、それはまるで、世界の重い現実について考えまいとすることを許さないかのようだった。それでも彼は、その鉛色の先に、何かしらの裂け目を見つけ出そうとしていた。そこをよじのぼってゆくことができるのは、おそらく詩人や隠遁者、或いは狂人の類だろう。
 ゲントはふと、裂け目がすぐ目の前にあるような気がした。ほら穴、城壁破壊装置、神殿に擬した鉄製の雄羊。「木馬」は、そのような陳腐な妄想からはかけ離れたものであったはずだ。
 その意味するところはこういうことだ。かくも長期に及ぶ包囲の間、戦闘の休止中でも、ギリシア人たちは手をこまねいてじっとしてはいなかった。様々な手段を用いて彼らは、包囲されていたトロイア人の一部、とりわけ上級ないし中級の高官たちを、自分たちの側に引き入れたのである。
 要するに、包囲されているトロイア陣営の中に「親ギリシア」派を形成することに成功したのだ。「木馬」にこだわる論争こそ、そうした派閥の存在を示すものであり、あの運命の夜を目前に控えた午後の事実だったのだ。
 トロイアの家々の内、そのいくつかの入口に描かれた馬の絵には、ギリシア兵がその家を破壊してはならないという意味があった。このことは、トロイアの中にギリシア派が少なからずいたということを示している。
 「親ギリシア」のグループは、ギリシアとの和平を模索していた。一方で反対者たちは、後に残忍に処罰されることになるラーオコオーンを中心として、戦争の継続を主張していた。
 とまれ、ギリシア人たちはトロイア内部への浸透を実現したのだが、その浸透は、複雑なできごとを単純な象徴に矮小化したがる人たちの本性によって伝説化され、「木馬」の贈り物なるものに姿を変えてしまったというわけだ。
 何とか壁をよじのぼろうとしながら、不覚にも落っこちてしまった者はどうだったろう。おそらく、開いた門から入っていく以外に方法がなかったのではないかとゲント・ルヴィナは考えた。「木馬」がトロイアでの卑怯な内通行為や浸透活動を象徴するものであるということは、世界中の知識人が知っている。
 いや、別に知識人だけではない。現代は、新聞を開きさえすれば、紙面の見出しからだけでもその事実を知ることができるのだ。
「馬鹿な」
ゲント・ルヴィナはつぶやいた。だが、絶望しがたい何ものかがあるのも事実だった。
「おそらく、門は終わりまでずっと開いていたわけではないのだろう」 そう考えることで彼はほんの少しだけ、自分自身を励ました。もし、起こったことがらを象徴するという意味だけでなく、象徴として形成されるまでの過程も調べてみたらどうだろうか。そこに謎が隠されているのだから・・・
 「木馬」は、トンネルではなかったのではないか。トンネルであったなどというのは、その外見が馬とはまったく似ていないがゆえに、ありえないのであって、せいぜい一つの着想に過ぎないのではないだろうか。それよりむしろ、めくるめくようなできごとが、一人の人物なり一人の詩人なり、あるいは人々の集団なり詩人たちの一団なりの心象風景の中で象徴化されたということの方が、よほどありそうな話ではないか。そしてそのようなものは普通であれば、時の流れと共に、急速に一つの象徴へとかたちづくられ、広大な世界の中で無数の視線にさらされることになるのである。
 それでは、かくもとらえどころのないできごとをギリシアの影響によるものか「木馬」というものに帰結させようとしたこのみごとな呼応活動、人民大衆によるこの協力行為は、いかにして可能であったのか。
 とここで、思い至ることがある。誰がこのような象徴をでっちあげようとしたのか。誰がそれを勢いづけ、大衆をこうした虚構へと引き込んだのか。誰がすんでのところで、実際のできごとと、そのできごとから木馬の形へ実体化させたものとをすり合わせようとしたのだろうか。
「いや、ありえない」
とゲント・ルヴィナは声に出して言った。
 国家というものが、あるいは軍隊の一団というものが、不安や屈従や恐怖を生み出すことはできるだろう。しかし、象徴というものを生み出すことなど断じてありえない。
 だがそうした動きは、あのトロイアの地で、その始まりからあらわれていた。それは同時に二方向で機能する、二面的なものであった。いにしえの時代には、そのような二つの顔を持つ人種が、まだ存在し得たのだ。
 ゲント・ルヴィナは指先で何度かテーブルの上をコツコツとやっていた。馬だかトンネルだかの中にひそんでいたギリシア側の将兵たちは、二つの勢力の狭間で対話し、あるいは決定を下す権限を持っていた・・・そしてゲントは思った。
「兵の一団をひそかに送り込むよりも、公式の使節団を送り込む方が、ずっとあり得る話ではないだろうか」
 考えを整理してみれば、それは何かしら新しい発見であるように思われた。そうだ、使節団なのだ。こうした考えを補強するのが、メネラーオスの存在だ。彼はギリシアの指揮官の弟であるだけでなく、妻ヘレネーをめぐるあの一連の軍事行動に、初めから直接に巻き込まれていた人物でもあった。そのヘレネーは、彼らがどのような協定を結んだとしても、その補足事項にもとづいて身の安全を保証されただろう。
[訳注;メネラーオスはアガメムノーンの弟でヘレネーの夫]
「休戦協定のための使節団だった、いやそれ以上のものだったろう」
ゲント・ルヴィナはそう思った。
 それは、和平協定のための使節団でもあったろう。ホメーロスの語り伝えるところによれば、戦争末期の数ヶ月間、ギリシア側とトロイア側との間には、何度となく接触がはかられていたのである。ヘレネーの処遇をめぐる会談がおこなわれ、プリアモスはアキレウスに対し、息子の遺体の引き渡しを要求した。双方にとって、それほど受け入れがたいことではなかったはずだ。
[訳注;ホメーロスの『イーリアス』第22〜24章によれば、トロイア王プリアモスの息子ヘクトールはアキレウスと戦って殺される。ヘクトールはいまわのきわに自分の遺体を父に引き渡すよう懇願するが、アキレウスは聞き入れず、遺体を馬車にくくりつけて引き回す。プリアモスは神々に導かれて深夜アキレウスの幕舎を訪れ、莫大な黄金を渡して息子の遺体を引き取った]
 幾度となく互いの見解をやりとりし、意見を提示し合う営みを続けていくうち、会談の機会を作ることは難しいことではなくなっていた。十年余に渡って続けられ、既に世界的な規模の広がりを見せている国際的紛争にあって、紛争当事者間の対話が生まれることというのは、それほど稀な話ではない。失敗したらどうするかは、また別の話だ。
 要するに、トロイアに入ったのは和平協定のための使節団であり、軍の一団などではなかった。もちろん、そこで語られた平和はいつわりのものであった。そのために、手つかずであった例の「大いなる策略」が登場したのである。今や、その機は熟したかに見える。
 使節団こそ、他のどんなものよりもずっと「木馬」に近いといえるものだ。第一にこれなら、相手の眠りをついて、虚偽の意図をもって策動することもできる。また他方で、和平のための使節団ならば、敵対勢力の城塞都市の内部へ多数の人員を送り込むこともできただろう。
 それに、これはまさしく「木馬」の場合と同じなのだが、武力を用いることなく、むしろ敵対勢力に受け入れられる形で、またそのような政治的やりとりの中でしばしば生まれる「賛成」「反対」の声が入り乱れる中でも、相手勢力の内部へと入り込むことができるのである。
 「木馬」との相似点はこんなところだ。もっとも使節団というものは、「木馬」の腹の中にひそむ部隊のように、こそこそ隠れる必要がないという点では異なっている。使節団が隠すものは、その真の目的であり、和平はいつわりのものに過ぎないのだ。
 ヘレネーが「木馬」の傍でとった不可解な行動も、双方の対話が進められていて、かつトロイアによって連れてこられたヘレネー自身、使節団の一部の人員と面識があり、彼らに何らかのはたらきかけをしようとしていたのだ、と考えれば、その限りにおいては十分な意味を持っている。
[訳注;ヘレネーが木馬の内部に潜むギリシア勢に話しかけた逸話をさしている。前号[D]を参照のこと]
 オデュッセウスが「木馬」の中でヘレネーの誘い声に対して抜け目なく注意を払っていたというのも、狡知にたけたオデュッセウスには、その危険性がわかっていたからだ。だから彼はギリシア兵たちに、ヘレネーの声には油断するなと言ったのである。

「木馬の使節団、木馬の使節団・・・」
ゲントはそう何度も紙の上に書きつけ、そしてまた何度も同じ文句を書きつけた。そうするうち、こんな疑問がわき上がってきた。
「使節団であったものがどうして、馬であったことにされてしまったのか?」
「なぜ大衆は、このような夢あやかしを信じ込んでしまったのか?」
 結局はこういうことになる。人々が伝説を作り出し、それを世界中に広めてしまったのだ。ギリシア中が、また当時の世界中が、トロイアは「木馬」によって陥落したと信じてしまった。それに対する異論は、ギリシア人の中からも、夜の闇にまぎれておそれおののきながら敗走したトロイア人の中からも、聞こえてはこなかった。トロイア人たちもギリシア人たちと同様、トロイアは「木馬」なるものによってとどめをさされたと思っていたのである。
 しかも同じようなことを、この戦役に参加した他の諸国民も、いずれの勢力の側についていたかを問わず考えていた。彼らは起こったことを目の当たりにし、戦争当事国以上におそれおののいたのである。
 だがそうすると、「木馬」があったと主張する姿勢を、どう説明すべきなのか?ゲント・ルヴィナは最初に思いついた第三の可能性について、再び考えをめぐらせた。
「木馬は存在し、かつ存在しなかった」
これはどうやら真実らしく思われた。木馬は存在した。しかしそれは、ホメーロスが語り伝えたようなものではなかった。彼は改変を加えたのである。
「それは空っぽだった」
 使節団は最初から存在していた。「木馬」も使節団も同時に存在していた。作戦行動は両面からおこなわれていたのである。
 使節団は果実の食べられる部分であり、魂の部分にあたるものだ。一方「木馬」は果実の表面であり、外殻にあたるものだ。使節団はトロイア市内に入り、固い殻の方は城壁の外に待機していたわけだ、とりあえず。
 そう考えてみると、少しばかり気分が楽になったように思えて、ゲントは目を薄く閉じた。これで事件の経緯を多かれ少なかれ正確にたどり直すことができるかもしれない。
ギリシアの指揮官たちは「大いなる策略」を描き上げたその後に、いつわりの和平使節団を作り出したのだ。それには、トロイア側内部の条件もどうやら熟していたらしい。使節団はほとんど秘密裡にトロイアへと受け入れられた。一般のギリシア人やトロイア人は、この秘密会談について何ひとつ知らされることがなかった。
 トロイア近郊の平野に集まった大勢のギリシア人たちは、そこに仰天するようなものが建造されているのを目のあたりにした。それは木製の馬だった。ギリシア人たちはその周りをぐるぐる歩き回って、何がおこなわれているのかを知ろうとした。おそらくにやにやして、建造にあたっている人たちを嘲笑し、また当然のことながら、周りをうろつき回って作業の邪魔もしたであろう。そこいら中にだらけた雰囲気が感じられた。
 誰ひとりとして、何のためにこんな馬鹿げたことがおこなわれているのかを知らなかった。一方、城壁の方から同じものを眺めていたトロイア人たちも明らかに笑っていた。ギリシア人たちの頭がおかしくなってしまったのだろうと思ったからだ。この馬が何のために必要なのか、誰にもわからなかった。わかっていたのはギリシアの指揮官たちだけだった。
 幾日も幾晩も、「大いなる策略」が進行する間、彼らは現在に対しても、のみならず未来に対しても、いかにしてこの策略を隠し通すかに心を砕いていた。というのもこの「大いなる策略」は、戦争が終結した後であっても、決して感づかれてはならないものだったからだ。詐術や、殺戮や、破壊や、犯罪や、住民の移送や、その他のどんなことが知られてしまおうと、この「大いなる策略」だけは、明るみに出されてはならなかったのである。それは、将来ふたたび利用され得るような策略を発見されないようにするというだけに留まらなかった。そんなことよりもっと重要な問題であったのだ。それは、全ギリシア市民の名誉に関わることだった。
 何十もの国家や民族が二つの敵対する勢力に分かれて対決するという、正真正銘の、それもおそらく地上で最初の世界戦争がおこなわれている状況下では、締結されて間もない和平協定を不実にも踏みにじるということが、国際世論を目の前にしたギリシアにとって恥ずべき汚点となるのは明らかだった。このような汚点を残してしまったら最後、ギリシアとの間に様々な同盟関係や協定を結んでいるあらゆる国々は、ギリシアの和平蹂躙を、道義にもとるものだと好き放題に言い立てるだろう。そうなればギリシアの政治的地位は全面的な危機に陥ることになる。
 そればかりではない。忘れてはならないことだが、ギリシア人は自分たちのことを「世界の太陽」だとか、「民主主義と文明社会のチャンピオン」などと称していた。しかもそれは事実であった。だがしかし、かような不誠実を為したとあれば、すべての人々に対してばかりでなく、何よりもまずギリシア市民に対して、とりわけ、道徳教育に最も重きを置くべき若い世代に対して面目が立たなくなってしまうのである。
 否、断じてギリシアが、そのような恥ずべきことをおこなったなどと認めてはならないし、「大いなる策略」の構想が熟した今となっては、それを隠し通す方策を見つけ出すことこそが当然の成り行きだった。
 おそらく最初は、もっと単純に考えられていたのだろう。
「特殊部隊が夜に乗じて密かにトロイアへ潜入し、城門を開けた」
といっておけばいいだろう、それぐらいに思っていたのだ。ところが、よく考えてみればおかしなことに思い当たるのである。そんな簡単な作戦がどうして今頃になって出てきたのか?なぜ最初からそうしないで、ギリシア兵たちが城門の周りで十年余りも耐え忍んでいるのを、まるでおもちゃか何かで遊んでいるかのように放ったらかしておいたのか?
 それだけではあるまい。そんなやりかたでは、遠く離れた人々をごまかすことはできるかも知れないが、トロイアへの潜入がいかに困難であるかよくわかっている数千人の兵士をどうやって納得させられるだろう?嘘をついたところで、世界中に広まる前に、この兵士連中によって訂正されるに決まっているのだ。
 正当化のための方策をさんざん探し求めたあげく、ギリシアの指揮官たちは「木製の馬の贈り物」という考えにたどりついた。まさしくそれは策略であったのだが、許容し得る策略であり、危機を回避することもできて、しかも英雄主義と名誉じみたものにあふれている、戦争にはつきものの隠蔽工作であった。
[訳注;『危機を回避する』は原語で『袋に頭を突っ込む』]
 それは後に「勝利のためにおのれの首をかける者たちに栄光あれ、疑うことを知らないトロイア人たちに幸あれかし」と呼ばれ得るような類の行動であった。
 かくして、構想を練った上で、計画は実行に移された。

 トロイア。三千年前。スカイアイ門。昼。
[訳注;スカイアイ門はトロイア市を囲む城壁の西門]
 ギリシアの使節団はトロイアに入り、城壁の外では「木馬」の建造が始まっていた。同じ頃、ギリシア軍が祖国へ帰還するかも知れない、という話が広まっていた。そんな噂話は以前なら厳しく咎められたであろうが、今では誰も気にとめなかった。おまけに、軍が帰還準備に入ったことを示すような兆候さえ実際にあった。それは和平会談の開始とみごとに一致していた。
 おそらくトロイア側の前提条件というのが、このギリシア軍のトロイア包囲終結・撤退だったのだろう。それは、あらゆる時代を通して見ても、古典期最初の和平会談であった。
 現実は、二つの方面で進行していた。使節団はトロイア市内へ入り、会談の席についた。一方、「木馬」はといえば、周囲をせわしなく歩き回る見物人たちの笑い声の中、郊外での建造を完了しつつあった。
 ところで「賛成」と「反対」のせめぎ合いも実際激しかったわけだが、それは「木馬」のある場所ではなく、トロイア市の中で、市民のやりとりがしだいに昂じてのものであった。一方の和平条件が他方にとって受け入れがたいものに思われたり、反対に、良いものに思われたりした。ギリシア側からの提案の確実性に疑念を持つ者もいた・・・
 ラーオコオーンがいたのは「木馬」のある場所ではなく、会談のおこなわれている席だった。彼は会談の参加者であり、おそらくはトロイア側代表団の議長だったのだろう。彼の発言は、まるで槍のようにギリシア人たちを貫いた。彼は当初、間違いなく、使節団の受け入れに反対していたのだから。
 ヘレネー捜索も同時に進められていた。といってもそれは、子どものかくれんぼとは違って「木馬」の周りで、会談が開かれている建物の中で、そしておそらくは、ギリシアの代表団の宿舎の近辺でもおこなわれたのである。
(オデュッセウスが感極まったメネラーオスの口を掌で押さえたというのは、こういうわけなのだ。『メネラーオスは特に気をつけろよ、おまえが一番のカモにされているのだからな』)
[訳注;ヘレネーが木馬の内部に潜むギリシア勢に話しかけ、メネラーオスがつい返事をしそうになった逸話をさしている。前々号[D]を参照のこと]
 トロイア市内での会談は困難を抱えていた。外では「木馬」が完成間際だった。使節団と「木馬」は、この時点では離れ離れに存在していた。木馬は単なる贈り物で(はなむけの品というわけだ、へえ、へえ、なるほどね!)ギリシアがトロイアへ置いてゆくつもりなのだ、という噂が飛び交っていた。
 感傷的にも見えるが、ギリシア軍主力部隊のトロイアへの好意的姿勢を示すものとしては大いに意義のあるこの品物についても、会談の中で話し合われた。使節団の一部はトロイアに対し、贈り物をギリシア側に返上するようなことをして相手の感情を害するよりも、和解のしるしとして、この緊張緩和の便りを受け入れるようにと求めた。もしそうしないで、軍との関係が先鋭化するようなことにでもなれば、使節団は決議をおこなうことも困難になるだろう。軍が暴走すれば、そんな決議を受け入れようはずもないからだ。
「緊張緩和の機は熟した」
と会議のスポークスマンは言ったかも知れない。
「トロイアもこれをさらに推し進め、この『雪どけ』を象徴する贈り物を受け取ろうではないか」
[訳注;『雪どけ』は原文ではフランス語dégel]
 最も熱狂した瞬間であった。それは双方の代表団の間ばかりでなく、会談の成り行きを見守っていたトロイアの高官たちにおいてもまた然りだった。ラーオコオーンもその熱狂の只中にあった。彼はこの和平協定にトロイアの不運を見ていたのだが、彼に同調する者は確実に減っていた。
 事態の流れを速めようとするかのように、ギリシア軍は本当にトロイア周辺の幕屋を放棄し始めた。平原は空き地と化し、城門の外へ出てみたトロイア人たちは、驚きのあまり感覚が麻痺したようになった。十年という間、人や馬の喧騒、叫びや話し声や怒号にあふれていた平原が、今はすっかりもぬけのからになっていたからだ。そこにはただ「木馬」がそびえ立っていて、その存在が荒涼感をさらに際立たせていた。
 トロイア人たちは「木馬」に近寄ると、適当な側板を引き剥がして内部を覗き(『木馬』だから空っぽに決まっているのだが)、これをどうすべきか命令を待った。そして上からの命令は届いたが、これがどうもはっきりしないもので、あれこれと異論が錯綜したが、それもさほどの時間はかからなかった。
 同じ頃、きわめて不可解な状況下でラーオコオーンが死亡した。死の理由については、伝説がこれを明らかにしている。彼がギリシアとの和解に反対したからだ。だが死亡時の状況については伏せられている。
[訳注;ラーオコオーンの死にまつわる伝説については前号[G]を参照のこと]
 この著名な指導者の死から間もなく、「木馬」を市内へ引き入れるようにとの命令が出された。どうやら、会談は宙ぶらりんな膠着状態を脱したようであった。トロイア人たちは、もう一度「木馬」の内部を調べた後で、市の城門の一つからこれを引き入れた。
 たまたま「木馬」の高いところが城門よりも手のひら二つ三つ分ばかり高かったので、市内へ入れるためには城門のアーチ状の部分を少し壊さなければならなかった。それで城門の骨組みが弱くなっただろう。ひょっとしたら、わざとそうしたのではないだろうか?
 民衆は「木馬」の市内引き入れを戦争終結の確かなあかしと考えていたから(ずっとその話題でもちきりだった)、この事態を歓迎していた。「木馬」に綱をかけて市内へと引き入れる間、その周りでは「賛成」や「反対」の感情が入り乱れていたのかも知れない。だがそれらはもはや市民感情などというものではなく、ありふれた人間の感情であった。
(ギリシア人たちがもたらした不幸、蛮行、虐殺、包囲による経済的困窮を容易に忘れ難いという人々もいたが、他方では、いかなる代価を支払っても平和を手にしたいという心づもりだった)
 ここで「木馬」は神話が示す通りの道筋にほぼ近付いてきたわけだが、唯一の変更点は、その中身が空っぽだったということだ。
 ついに「木馬」は市内に入った。使節団はその頃、会談を早々と切り上げようとしていた。文書と印章が用意され、双方の官僚らが、条約の文言を最後にいま一度確認していた。
 使節団と「木馬」の両者がトロイア市内に居合わせることになった。中核にあたる部分と外側とが、ようやく一つに合わさったわけだ。事態は終局を迎えつつあった。
 トロイア人たちはまだ終戦を祝っていた。使節団と「木馬」はついに一つのものになろうとしていた。もはや、使節団は彼らの宿舎でなく「木馬」の体内に泊まり込んでいるのだと思われていたのかも知れない。実に、このギリシア人たちはいついつまでもそこに泊まり込んでいたのだ。
 和平文書や諸々の協定、捕虜の交換、海路に関する相互協約、ヘレネー問題等、諸々の調印が済むと、使節団はようやくトロイアをあとにした。そしてギリシアへ向かったかに見えたギリシア軍に追いつこうと、あわただしく立ち去った。
 疑念を抱かれぬよう、彼らはヘレネーをしいて連れていこうとはしなかった(彼女の身の回りのものを仕度しなければならないといったような理由で、あえて彼女を待たないことにしたのではないだろうか)。彼女がついて行かなかったことで、最終的にトロイア人たちの疑いも晴れた。彼らははなはだ洞察力を欠いていた。
 夜になると、ギリシアの艦隊はその見事な操船技術で手早く引き返してきて、トロイア近郊に兵を上陸させた。そして
「メネラーオスやオデュッセウスらは、城門を開けさせるべく、木馬の体内に隠れてトロイア市内への潜入をはかった」
との報を伝えて兵たちの士気を喚起し(そういえば、これら指揮官たちの姿はさっきからギリシア軍勢の中に見当たらなかった)、おぞましき、最後の決戦へと彼らを駆り立てた。
 これこそが、トロイアを陥落させた攻撃である。実際、その城門が開いたのは内部の誰によるものでもなく、戦闘の混乱の中でそうなったのだ。かような些細なことに気付くものなど、誰一人としていなかったのだから。ギリシア兵たちは激昂してこの憎むべき都市に襲いかかると、てっぺんから土台に至るまで、すっかり平らにならしてしまった。
 その流血の只中で、特別な命を受けた何者かによって、和平会談に関する記録文書は灰燼に帰してしまったのである・・・
 ゲント・ルヴィナは指先で額を掻きながら、その視線は動かぬままで、メモの束をぼんやりと眺めていた。彼は指先で幾度か「ラーオコオーン」という名の上をなぞっていたが、この人物の不可解な死についてあれこれ考えていると、自分の神経がすっかり参ってしまいそうな気がした。
「また今度だ」
彼はつぶやいた。
「また今度にしよう」
それでも「ラーオコオーン」の名が目の奥に焼きついて離れなかった。
「ラーオコオーン、ラーオコオーン・・・」
ゲントは震える指先で、再びその上をなぞっていた。
「もしも、ラーオコオーンの言う通り『木馬』が襲撃をおこなったのであれば、反撃に遭うはずだが」
彼は考え、なおもひとりごちた。
「俺は、何としても『木馬』に対して異議があるのだな。しかしこれは容易なことではないぞ」
 容易なことではない・・・彼は我ながらその思いつきに驚いた。そしてヘレナの元婚約者の脅迫状のことが思い出されて、思わず微笑した。テーブルの傍から立ち上がると、上着を身につけ外出しようとしたが、その時ふと
「問題は決して、ヘレナの元婚約者やその親族にあるわけではない」
と考えた。誰が見てもそれは脅迫なのだが、何故そうなのか、時々わからなくなることがあった。
 ゲントは時計を見た。午後からヘレナと会う約束があった。
 通りへ出ながら、彼はメモのことを考えまいとして苦労した。
「それ、私宛ての手紙?」
ある時、ヘレナが少し笑って彼に訊ねてきたことがある。
「ん」
と彼は返事をした。
「ある意味では、そうかな」
その時はどうにかしてそれが、間違いなく、彼女に宛てられた手紙であることを説明しようとした。でなければ彼女は他のことと勘違いしてしまうところだからだ。
「罠にはまったようなものさ」
と言ったこともある。彼は、自分が古代の神話についてあれこれ考えていたことを説明しようとつとめた。時にそれが、まだ片付いていない彼の学位論文の原稿のようにも見えたからだ。
 そんなことを考えているうちに、歩調が速くなった。今夜は彼女にまた何か訊かれるかも知れない。きちんと答えてやらねばなるまい。ちょうどいい機会だ。彼自身の学位論文でもあり罠のようなものでもある手紙のことを・・・
 遠く、「ウィンターズ・カフェ」の前の舗道に彼女の姿が見えた。手を振ると、彼女も彼に気付いた。

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