イスマイル・カダレ 福岡で講演・対談

能楽を巡る記述に不備な点があればご教示下さい(井浦伊知郎)

 この講演・対談は、復曲能「高良山」上演記念行事の一環として、1999年9月22日(火)久留米市・石橋文化センター共同ホール18時より行われた。
 初めに、主催者の柿原紗千子氏らによる挨拶、続いて、フランスの映画監督である故ピエール・オブリ Pierre Aubry 氏によるカダレ氏主演のドキュメンタリー映画を40分ばかり上映(ティラナ−パリで撮影。ナレーションはカダレの親友で、フランス亡命直前のカダレの相談相手でもあったミシェル・ピコリ Michelle Picolli )。
 上映後、講演のアドリブ性を重視するカダレ氏の意向により、客席からの質問をきっかけとして講演「イスマイル・カダレの文学とその背景」に移った。以下はその概要。文脈を考え、井浦個人の解釈を【  】内に補った。
 ちなみにカダレ氏は終始フランス語で話し、内容は通訳3名により日本語で会場へ伝えられた。


(映画に海のイメージが多いのは、地理的影響によるものか。一方で、カダレ氏やアルバニア人は、海に対して恐怖の様なものを抱いているのではないか、という男性の質問を受けて)

 最初に、二三の重要な問題点についてお話ししておきましょう。まず、アルバニアの体制下で普通の文学というものが存在するか?という点です。この問いに対する見解は、作家によって異なります。かような狂気の体制下で文学を作り出すことは不可能だ、という人たちもいます。また、かような体制を正当化するために活動する作家もいれば、文学活動などできるわけがないという作家もいます。
 私は、こういう作家達とは意見を異にします。もとより、ファシズムやスターリニズムの国家に文学を生み出す力など、あろうはずがありません。こうした体制では文学に対する検閲、発禁処分、作家の投獄、処刑が行われ得るし、また事実、過去においてはそうでした。しかしながらいかなる体制にも、文学の本質を変えることはできないのです。文学は、いかなる政治からも独立しており、文学そのものが持つ法則、すなわち、その固有の論理に依って発展するという法則に従って発展するものです。全体主義体制の下でも、それは変わることがありません【この辺りの論旨は『アルバニアの雪どけ』で詳しく展開されている】。
 恐らくこれには反論もあるでしょう。とりわけ社会主義リアリズムを巡っては、様々な意見があろうかと思います。これには、文学の独立性という点を再度強調しておくことで、まずは回答に代えておきたいと思います。
 人生において重要なことは、文学においてもまた重要です。人生において素晴らしいことや恐ろしいことは、その形こそ違えど、文学においてもまったく同様なのです。文学は、一見して興味を引きそうにもないことにさえ興味を示します。例えば、コロンブスのアメリカ行は、アメリカ大陸を見い出し、我々にとって地球の距離を二倍に拡げた偉大な業績ですが、文学の場合となると、この様な大きな航海はいまだ行われておりません。文学においてコロンブスの偉業に匹敵する作品は、まだありません。がしかし、別な旅路の話として、例えば「ドン・キホーテ」はスペインの町を遍歴するという形をとりながら、人間の生の不条理や狂気への旅路を描き、私たちに世界文学の傑作を与えてくれました。このことは、文学が【文学以外のやり方とは】違ったやり方で、人生の様々な思いに対応できるということを示しています。文学とは、非常に崇高なものなのです。文学のやり方には、普通の暮らしとはまた違ったところがあります。政治、哲学、歴史の語彙にはないものが、です。もっとも、第二次世界大戦後の文学は、まだ偉大な作品を遺せてはいません。例えば、電気の発見や、四十年前の宇宙旅行の様な、人類にとって有益なものは文学にはまだありません。
 文学にあって途方もなく大きく重要なこと、それは地獄を見い出すことです。地獄を見い出すこと、それは歴史の記録の中でもよく知られたことであり、これがなければ世界文学の半分は存在し得ないでしょう。地獄の概念は、古典及び中世文学の根幹を成しています。その始まりはギリシア悲劇に遡り、ダンテを通じ、フランツ・カフカに至るまで大きな意味を持ち続けています。それは文学における最大級の刑の宣告であり、神による人間への罰として機能します。だから文学にあっては、地獄という概念が大変重要なのです。しかし人間の生活の中でこれを見出すことはあり得ません。だからこそ文学は、崇高で独立したものなのです。
 ここで先に挙げた問題に戻りましょう。なぜ文学は社会主義リアリズムの下で変質したのでしょうか?独裁者によってこうした変質が起こったのではありません。残念ながら、同じ作家によってこうした変質は為されたのです。三千年にわたり文学は政治権力に抵抗し続けてきました。万国の独裁に抗する、あらゆる措置を講じてきました。その文学がなぜ、共産主義体制下では作家自身によって変質させられたのでしょうか?共産主義体制は、まず作家自身によって文学を変質させるべく、時代に逆行する様な作家の世代を育成したのです。作家が自ら文学を破壊した、このことに注目していただきたいと思います。
 社会主義リアリズムにおける作品のモデルとして、ゴーリキィの「母」を例に挙げてお話ししましょう。これは体制の庇護下で書かれたものでなく、ボリシェヴィキによる政権獲得の二年前に書かれたものです。この作品が書かれた時、ボリシェヴィキ体制はまだありませんでした。しかも、作品はニューヨークで書かれたものです。この場合は、ゴーリキー自身が体制を変革したのです。しかしこれは、作家自身が文学を破壊する事実があるという例でもあります【後のソヴィエト体制におけるゴーリキー作品の教条主義的な扱いを指す】。
 国家テロル、秘密警察、監獄も勿論あります。しかしそういうものが存在したからといって、それだけで文学が変質させられるわけではないのです。だから私は、普通でない国家の下でも文学が存在し得るかという問いには、然り、と答えるのです【物理的強制力だけで文学が変質するわけではないから、独裁的な政治機構イコール文学の死、ということにはならない】。残念ながらここで細かくお話しする時間はありません。疑問があれば、後ほど承ります。
 では、海に関する会場からの御質問にお答えしましょう。私の作品の中で、海が重要な地位を占めることはありません。確かに、その様に表現しているのです。バルカン半島の歴史については御質問の主も御承知のことと思いますが、バルカンの民にとり海は一種の呪いを含んでいます。多くの人が海を越え、土地を去っていきました。バルカンの古謡でも、海はしばしば悲嘆と結びつけて歌われているのです。現代のアルバニアでも、海はそういう象徴となることがあり、御質問の通り、国外脱出に伴う恐怖を海に感じたことはあります。私の作品の中にも、そういう感情は認められるでしょう。
 他に御質問があれば、どんなものでも構いませんからどうぞ。

(日本の若者なら夏は海へ泳ぎに行くが、その海に呪いを感じるとなると、アルバニア人が日常的に海と接することはあるのか、という学生らしき男性の質問を受けて)

 【少し笑いながら】海がアルバニア人にとって呪いだと申し上げたのは、あくまで心的な事柄としての話です。1939年にファシスト・イタリアが海を越えてアルバニアを占領したという事実もありますが、今日、海は希望の象徴です。海を通じて貿易や援助や観光が行われるという観念が定着すれば、呪い( malédiction )の感覚もいずれ祝福( bénédiction )へと変わることでしょう。そうなることを、私も願っています。【このやりとりを聴いていた私は、ついひと月前、海水浴客で賑わうアルバニアの浜辺で自分がヴァカンスと洒落込んでいたのを思い出し、笑いそうになるのを懸命に抑えていた】

(映画の中で、カダレ自身が1958年にカフカやプルーストを読んだと語られていたが、それ以前に西側の文学を読むことはできなかったのか、という女性の質問を受けて)

 ええ、そういう文学は「退廃文学」という名の下に国家的に禁じられていました。1958年というと、私は22歳でしたが、こっそりそれらの文学を読んでいたのを憶えています。共産主義国家でもこれらの作品は出版されていたのですが、アルバニアでは体制転換までそれができませんでした。

(アルバニアではイスラム教徒が多いと聞くが、イスラムでは民族・人種を越える横の連帯が強いと認識している。ヨーロッパで唯一イスラム教徒が多い国アルバニアでそういうネットワークはどうなっているか、また共産主義体制の前中後ではどうなのか、という先程の学生らしき男性の再質問を受けて)

 国際的なイスラムの連帯というものがアルバニアのイスラム教徒にあるわけではなく、単にイスラムという宗教を信奉しているというだけのことです。イスラム主義者【イスラム原理主義者】が戦闘的なのです。
 アルバニアには三つの宗教があります。最も古くは、全てのアルバニア人がキリスト教、つまりカトリックの信者でした。ビザンツ帝国と国境を接する様になってギリシア正教が入ってきました。それまでは二つの宗教だけでした。そこへ、オスマン帝国の侵入によってイスラムが入ってきました。オスマン帝国の為政者にとって、カトリック−正教という二つの宗教しかなかったアルバニアにイスラムを布教するのはたやすいことだったでしょう。そしてこれら三つの宗教が、数世紀にわたって均衡を保ち共存してきました。アルバニアにおける宗教の問題は、他の国のそれとは若干趣を異にしています。【少し笑いながら】一つの家庭内で、兄弟の一方がカトリック、他方が特定の社会的地位に就く為にムスリムに改宗するというのは、アルバニアでは普通の話です。兄弟で宗教が異なっても、互いの信仰には寛容なのです。宗教に対するアルバニア人の寛容さが、この話からもお分かりいただけるでしょう。(ムスリム65%、カトリック12〜13%、正教15%という通訳の説明が入る)
 お集まりいただいた皆さん、御質問いただいた皆さんに感謝します。アリガト。
(拍手。50分近くに及んだ講演は終わり、約半時間の休憩に入る)


 休憩後、能楽師の大槻文蔵氏、司会の柿原紗千子氏らを交えて対談「生と死」に移った。以下はその要旨。敬称略。

大槻>先程から客席で話を聞きながら、自分の能の話題にどうつながるだろうかと考えていましたが、どうも近付くどころかむしろ遠ざかっていく様で(笑)。テーマが「生と死」ということで、能の世界でも、過去の世界、あの世からのメッセージとしてこの世に立ち戻るということはあるので、少しでも話に近付けるのではないかと思います。ただ、先程簡単に打ち合わせをしたものの、特に話を合わせようということにはならなかったので、最後まで二人でちんぷんかんぷんな話をして、何の話だか分からないままで終わるかも知れません(笑)が、どうか御容赦下さい。
 能というのは、約600年から650年前、室町時代に完成したもので、会話劇、歌、舞の三つから成り立っている「演劇」です。最近まで文部省では「古典芸能」と呼ばれていましたが、あんまりいいものではありません。会話劇というか仮面劇で、使わないこともありますが、能面を着けるということが大事な要素になっています。御覧になった方は、何でこんなに動かないのか、こりゃ一体何をしてるのか、とお思いになったことがあるかも知れませんが、これは極端に切り詰められ抽象化された、象徴的な演技の形で行われているのです。
 その表出される内容ですが、最も能らしい、或いは、能で大事にされているのは、人間の心の奥底にあって、普段は分からない、深層心理とでもいったものを抽出し、拡大鏡で見る様な表現です。普通の劇には起承転結がありますから、舞台で何かが起こり、それを巡って舞台が進行し、そして結論がある、というのが普通ですが、能にはそういうものがないことが多々あります。勿論、起承転結のある曲目もあるにはあるのですが。昭和初期にフランス大使として日本に来たポール・クローデルが能を的確に言い表した言葉に、劇は何かが「起こる」が、能は何かが「ある」、というのがあります。普通は起承転結があって何かが起こるが、能の場合、何かが舞台にあるだけだ、というわけです。勿論そればかりでもないのですが。
 神様を扱った作品、例えば「高砂」など、神様の場所、「神の庭」で、神を慰め、集う人々に祝福を与える為に演じられたのが演劇の最初です。しかしそれらは演劇としては余り面白いものではありません。人間の葛藤や苦悩を描くよりは、神の由来や縁起を述べるものが多く、述べる相手も、帝の勅使や高名な宮司でした。夜が更ければ、神が御本体を顕し、夜神楽で勅使らを慰め、夜が明ければ去っていく。一方で、現在進行形のもので、舞台の始まりから終わりへ、そのまま時間が進んでいく例も数多くあります。
 能にのみ見られる形式で「複式夢現能」というのがあります。「腹式呼吸」で、腹の中で無限に能をやっているのか、というわけではありません(笑)。役柄は、主役のシテ、そしてシテを導き出すワキという役だけです。例えば、ワキのお坊さんがいわくありげな寺に立ち寄り、弔いをしていると、村の女に扮した主役が現れ、その謂われを語ります。その話の詳しさを不思議に思ったお坊さんが名を尋ねると、女ははっきり名乗ったり、或いは暗示を与えたりして、一旦は消え去ります。そして再び現れた時には本来の、昔の姿に戻っており、あらためて語り舞うというものです。この世に思いを残して死んだ人物の魂が、最も思いの強い場所に立ち戻り、その辛さなどを語るわけです。普通の現在進行形の演劇では、例えば男女が恋を語る場合など、二人の思いを語り合うのですが、複式夢現能では、一人の思い、過去から抱えてきたその思いを深く語ってゆく形をとっています。時間は進むのでなく、むしろどんどん後ろへ戻っていくのです。能では時間の逆回りというのがよくあることで、能の特色でもあります。能には他にも、空想上の動物が酒を飲み舞う、などいろいろな形がありますが、複式夢現能はその最も特徴的なものでしょう。

カダレ>(司会から『誰がドルンチナを連れ戻したか(白水社より仏語版からの邦訳あり)』との関連を問われて)能に関する話を聴いて、とても興味深いと思いました。そこには何か普遍的なものを感じます。こういうものが世界に知られていないのは、正しくないことです。もっとも、私が知らないだけかも知れませんが。
 世界の様々な慣習を見る上で、能の形式は一つの問題を投げかけています。能において扱われているテーマは、アッシリアやエジプト、ギリシアやラテンの時代にも見られます。世界最古の詩、ホメーロスより更に千年も遡るギルガメシュ叙事詩でも同様です。そこには、能との驚くべき類似があると思います。二重性( duplicité )、すなわち神と人との運命の交錯がそこには見られるのです。そこには生と死が共存しています。言わば詩が、人間のディレンマで構成されているのです。死から帰還したい、死を超越したいという、本来不可能な不死への夢想から来るディレンマです。
 ギルガメシュ叙事詩は、能が生み出された時代より四千年前に書かれたものです。当然、日本人がそれを知っていたはずがありません。私は、能とギルガメシュ叙事詩とのつながりを語ることで、皆さんの歓心を買おうというのではありませんが…ギルガメシュ叙事詩が発見されたのはごく最近で、この詩の成立の古さを考えると、遅過ぎる発見でしょう…能の中に世界文学の本質があるというのは、驚くべきことです。私達の世界には、亡霊( fantôme )も精霊( esprit )も怪物( masque )も幽霊( revenant )も徘徊しています。既にホメーロス、シェイクスピア、ダンテ、アウグスティヌスの時代にも、そうした要素は見られます。能にも見られるこの様な形式は古くから成立しており、それは世界的なものなのです。ではなぜこうしたものが類似性を伴って存在し得たのか?が新たな問題となってくるのですが、ここではこれ以上話題を拡げないことにして、私の作品と能との間に関連があるかどうか、述べることにしましょう。
 能には、意識の奥底に通じるものがあるという点で、あらゆる世界の文学との見事な類似性があります。これは、芸術への並々ならぬ情熱をかきたてるものです。能の形式は、古典ギリシアのアイスキューロスを思い出させます。彼は「オレステイア」で人間の後悔の念に言及し、人間の思考の内に流れるものを精確に描きました。これは世界の文学においてまことに稀なことです。今、能に関する話を興味深く伺いながら、そこに【ギリシア悲劇との】共通性がないものか、いかにこの様な文学が独自に成立し得るのかと思います。それは普通ならあり得ないものです。
 生と死、それは世界文学の最初から立ち現れたテーマであり、ギルガメシュ叙事詩にもその問題への関心が見られます。能におけるテーマも、その問題から決して離れてはおらず、むしろその問題が凝縮されていると思います。能の中に世界文学のあらゆるテーマがある、とも言えましょう。
 ホメーロスの「イーリアス」の中に、不思議な出来事を描いた珍しい箇所があります【『イーリアス』第二章を指す】。これは本来珍しいことなのですが、世界の文学にも、おそらく能にも見られることです。ゼウスがギリシア軍総帥アガメムノーンを懲らしめようと、欺く夢を運ぶ者、という名の神に命じます。その任務は、世界中に偽りの夢をひろめることです。オリュムポス山には、人間を欺く偽りの夢を造る工場があって、彼は袋に夢を詰め、世界中をまわって、罰すべき者達をその夢で惑わせようとするのです【明らかにカダレは、自著『凶夢』で展開したエピソードを意識しながら話している】。

大槻>能の中にも、九州から東北まで、各地に伝わる物語を題材とした作品がありますし、「源氏物語」や「伊勢物語」を元にした作品もあります。「平家物語」の場合は、物語そのままを劇に仕立て上げたものが多いのですが、「源氏物語」からの場合は、むしろ主人公の思いに拡大鏡を当てた如く描かれています。
 例えば、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)に題材を取った作品が二曲あります。光源氏の妻である葵上(あおいのうえ)が何かの霊に苦しめられ、梓巫女の鳴らすあずさ弓によって六条御息所の生霊が姿を現す所から、物語は始まります。魂が左大臣家の葵上の枕元で恨み言を連ね、遂には葵上を連れ去ろうとした為、比叡山の高僧がやってきます。後半では、般若の面を着けた霊が高僧と格闘するのですが、それが六条御息所の生霊であるとは明言されませんが、そうとれる様になっています。翌朝、自宅で目覚めた六条御息所が、髪や衣についた厄払いの胡麻の香におぞましく思う、という結末です。別の作品では、彼女は気位が高い女性、夫に先立たれた悲運の人物として描かれています。彼女は源氏への思いを絶つべく娘と共に伊勢へお参りに行くのですが、その前に御浄めを受けた先で源氏に向けた歌を作ります。ここで彼女は、怨霊としてではなく、源氏への愛がかなわぬ悲劇の女性として描かれており、自身が受けた屈辱への悔しさを回想する、という仕立てになっています。そして9月7日には彼女の霊がその地に現れるというのですが、今年も現れたろうと私は思いたいのです。
 これらの作品を踏まえて「源氏物語」を読めば、確かにこうしたものが読み取れるのですが、知らなければそこまで読み取るのは難しいでしょう。それは、こうした作品の作者が素晴らしい技量で描き切ったものだからです。またそれは、文学が優れた作者【能楽師】の見方によって、作品として更に膨らむということの証明でもあります。
 ここでカダレさんに一つ質問させて下さい。さっき話に出た「地獄」について、もう少し説明していただけないでしょうか?

カダレ>地獄の発見は、人間の思想史における大革命です。人間の生涯では60年か70年そこらしか想像できませんが、エジプト人は地獄の発見によって人間の生を千倍かそれ以上も長いものと見做したのです。人の命を彗星の如く長い長いものとすることで、その行いの善し悪し次第では、年老いてもなお永遠の生を享受し得るというきっかけを手にしたのです。これは、人間の精神の根本に変化をもたらしました。
 エジプト人にとっての地獄は極めて神聖なものでしたが、ギリシア人は、地獄はこの世と同一の平面上に存在すると考えました。その意味でギリシア人には「天国」という概念が存在しませんでした。それを天と地に分けたのは、キリスト教徒です。彼らは、遥か天の向こうに隠れ場所( ermitage )を打ち建てました。そして悪人のいない「天国」の次には、悪人を罰し、正義を行う為の階層、すなわち「地獄」を造り出すという、構造上の進化を遂げたのです。
大槻>日本仏教でも「二階建て」の発想で天国と地獄があって、この世に何らかの未練を残せば地獄に落ちます。能でもそういうところを取り上げています。まあ、天国に行ける程未練のない人はこんな壇上でいろいろ話す理由もないわけで、能の舞台に上がる人も、天国よりむしろ地獄に落ちる様な人の方が断然多いでしょう。先程の話ですが、毎年命日に現れる霊も、仏教思想で言う輪廻という奴で、回り回って永遠に続く、そういうことが付きまとうのだと思います。

カダレ>最後に付け加えますと、亡霊や怪物や幽霊( spectre )はすべて死者に関する儀式です。一般に、二千年前のディオニュソス的狂乱が古代演劇の起源である、とされています【ディオニュソスは酒神バッコスの別名。それを祀る儀式は、しばしば宗教的狂乱を伴った】が、それとは別に、更に古く葬送の儀式にも演劇の起源を求めることができるのです。そこには、演劇的世界を見い出すことができます。その主人公は死者です。文学においても、主人公が不在の人物、そこにいないものとして語られることはあります。この場合、死者が主人公なのです。演劇における仮面も、そもそも死者の顔を表しています。凍りついて、動かない、見る者の記憶に長く残るその顔が、仮面の起源なのです。
 もう一つ、「泣き女」という存在があります。バルカン半島には、今日なお職業としての泣き女がいます。彼女達こそ、世界で最初の俳優ではないでしょうか。彼女達は、儀式において一つの役割を演じており、ギリシア語ではヒュポクリテース( hypokrites )、すなわち偽善者と呼ばれるのです。死者と関係がないのにも関わらず、泣くことによって死の事実を世間に告げ知らせるのです。
 最後に、亡霊について話しておきましょう。その起源は墓石です。夜、霧の中で見る墓石は亡霊に見えたことでしょう。死者を巡るこうした様々な要素が、演劇へ、そして世界文学のテーマへと集約されているのです。

(ギリシア悲劇の主要なテーマである運命や人間の努力というものが、能においてはどう扱われているか、という先程の学生らしき男性の再々質問を受けて)

大槻>とらえ方にもよりますが、葵上にとりつく六条御息所の場合、死に瀕して苦しんでいるのはむしろ葵上であって、六条御息所が死や自身の魂のあり方に向かい合っているわけではありません。これに対し、死後に現れる六条御息所の場合は、死んでから生の世界を見つめている。生きている時の自己評価も周りに左右されてうまくいかないし、思う様に行かないかも知れない。死を経過して初めて、自分の思いも純粋に評価することができる。死を以て生が描かれるのです。そういう点で彼女は運命を背負って生きてきたのであって、それらは別々のものでなく、常に一緒のものなのではないかと思います。


 この後、「復曲能『高良山』を上演する会」事務局長からの挨拶。花束贈呈。拍手。終了は21時半前。
 なお終了後、私達(日本アルバニア協会事務局長K氏、NHK福岡放送局のK記者、在福岡アルバニア人のファトス・ケルチク Fatos Kërçiku 氏と、その兄で、たまたま福岡で研修中だった医師アルベン・ケルチク Arben Kërçiku 氏)は楽屋でカダレ氏に会う。2年前にティラナで偶然出会って一緒に撮った写真を見せたところ、氏は憶えていると答えた(もっとも、本当に憶えていたのかどうかは不明)。また、著書「夢宮殿」のアルバニア語版と日本語版、また最新刊2冊にもサインをしてもらう。場所が舞台の楽屋だったので「おはようございます Mirëmëngjes 」と氏に挨拶したら笑われた(これ本当)。また氏は、フランス語版でなくアルバニア語版からの翻訳を私に勧めたので、あなたの文体は難し過ぎる、と言ったらこれまた笑われた(これまた本当)。
 NHKのKさん、タクシー乗せてくれてありがとう。

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