現地紙より  アルバニア悲劇の日々

 ネズミ講企業による不正の結末として引き起こされた全面的な無政府状態、これに決着をつける総選挙が日曜日に行われたアルバニアの、1997年1月から6月までの出来事の記録。
   この記事を掲載した独立系紙「我らの時代(Koha Jonë)」も、暴動に便乗した集団に社屋を焼かれ、一時は発刊不能となった。

1月16日 南部の港湾都市ヴロラVlorëで、投資会社の支払い停止をきっかけとして騒動が勃発。

1月19日 野党指導部に率いられ抗議に出た約3000人が、ティラナTiranë中心部で警察の阻止線を突破。

1月23日 人民議会にて、ねずみ講組織に対する批判。

1月24日 ルシュニャLushnjë南部で約5000人が暴徒化。

1月26日 数千人、警察前で怒りの行進。政府機関の建物に対する放火、都市部から全土に拡大。

1月30日 野党10党、「民主フォ−ラム」を結成、サリ・ベリシャSali Berisha大統領に暫定政府の設置を要請。

2月6日 ヴロラで3万人以上が街頭デモ。

2月9日 抗議行動が暴徒化、警察署を襲撃。殴られる等して1人が死亡、40人以上が負傷。

2月15日 ベリシャ、ネズミ講組織にあやまりがあったことを認める。国による投資者への補償については明言せず。

2月28日 民主党、1996年5月の総選挙以来初めて社会党と会談。社会党、暫定政府の設置と早期の総選挙を要求。

3月1日 ベリシャ、政権の再選、広範な層から成る新内閣樹立の見込みと発言。

3月2日 南部の都市サランダSarandëで、興奮した群衆が警察の武器庫を襲撃、武器を奪い、商品や銀行へ押し入る。市街戦で4人が死亡、22人以上が負傷。
              人民議会、非常事態法を宣言。集会の禁止。戒厳令の布告、群衆解散の為の警察の出動、報道権の制限。

3月3日 人民議会、半数の議席状態でベリシャを大統領に選出。

3月6日 ベリシャ、各党の要請に押され反乱軍への軍事行動を停止、恩赦を提案。

3月7日 反乱軍、ベリシャによる恩赦の提案を拒否。

3月8日 反乱軍、ジロカストラGjirokastërなど南部の地方都市で権力掌握、軍駐屯地をも制圧。

3月9日 ベリシャ、全政党による連立政府樹立、6月総選挙実施を受け入れる。

3月10日 ヴロラの代表、武装解除に同意。しかし武器の多くは南部の都市に拡散。

3月11日 社会党のバシュキム・フィノBashkim Fino、アルバニア首相に選出される。暴動、北部に拡大。

3月12日 フィノ、反乱勢力との対話の用意があると声明。反乱軍、首都に接近。フィノ、西側諸国からの呼びかけに応え、総選挙実施へ向けた国内政府樹立について各党と協議。

3月13日 政府、自国民避難の為、アメリカやヨ−ロッパ各国など外国による介入を要請。社会党指導部、出獄。

3月14日 フラニツキ特使、イタリア軍艦上で政府代表と会談。

3月16日 ベリシャ、ファトス・ナノFatos Nano社会党党首を釈放。

3月27日 全欧安保会議、多国籍軍の派遣を承認。

4月12日 「アルバニア国王」レカ1世Leka I、亡命から58年ぶりに帰国。王政復古へ向けた運動を開始。

4月15日 多国籍軍の第一陣、アルバニアに到着。

5月16日 ベリシャ大統領、6月29日の総選挙実施を明言。

5月21日 フィノ首相、EUによる投票の「持続的」監視を要請。

5月26日 イタリア、自由かつ平穏な投票の実施を前提として、アルバニアへの継続支援を約束。

6月2日 ティラナで爆弾が爆発、27人が負傷。

6月4日 ティラナ近郊で選挙運動中のベリシャ大統領に向けて手榴弾が投げられるが、不発。

(Koha Jonë 29.06.1997)


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