約一ヶ月後の少し長い補足

 3月の中頃、大阪のある高校で社会科を担当されている方から、私のホームページへの感想をいただきました。その中の、「コソボ問題」を授業で扱う難しさを訴える内容に、ふと思うところがありました。そこで手持ちの資料と体験をもとに「コソボって、何」を書き上げました。ホームページにリンクさせた3月25日、NATOがユーゴスラビアに対する攻撃を始めました。
 それから一カ月の間に、50通近い感想や質問や激励のメールを頂戴しました。その返信への返信、そのまた返信の返信も合わせれば、もっと多いでしょう。日本国内の大学生、高校の先生方からのメールが大半を占めますが、アメリカに住む日本人からも感想をたくさんいただきました。韓国の大学生からは、みごとな日本語でメールが届きました。アルバニアの作家からもメッセージを受け取りました。
 予想を越える反応に、書いた本人が一番驚いています。私のホームページにこれほどの関心が寄せられたことは、かつてありません。心から感謝申し上げます。ご質問にはできる限りお答えしていますが、ついお返事差し上げないままの方もいらっしゃると思います。ご容赦下さい。また、授業での御利用やページリンクについては、一応メールにてひとことお知らせいただけば、特にさしさわりはございません。

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 現地で事態が急速に(しかも悪い方向に)進む中、内容の追加・更新をしようと思ったことも何度かありました。しかしへたに手を加えることで、本文の「わかりやすさ」が損なわれるかも知れません。したがって、明らかな誤字を直し、参考図書をつけ加えたほかは、いっさい内容を変えていません。
 それでも、この一カ月で印象に残ることがいくつか出てきました。また、内容を簡潔にするため、前回あえて書かなかったこともあります。それらについて、ここで書いておこうと思います。

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 今回の事態で日本にすぐ大きな影響はないと思っていたら、いくつかの点で目に見える変化が現れました。複数の世論調査で、日本人の半数以上がコソボ問題(またはユーゴ空爆)に関心を持っていることがわかりました。日本政府がいち早く空爆を支持した(あまりのすばやさに『本当に事情がわかって支持してるんだろうか?アメリカのすることだからOKしただけなんじゃ…』と心配になったほど)のに対して、世論調査では空爆に否定的な回答が多かったのも、興味深い点でした。
 増大するアルバニア人難民のために、TV局などには多くの募金が寄せられ、それが赤十字やUNICEFやUNHCRを通じて現地へ送られました。岡山に本部を置くAMDAという医療組織から、国境地帯での救援活動に参加された方々もおられます。日本政府は更に2億ドルの支援を決めました。

 名古屋グランパスのストイコビッチや浦和レッズのペトロビッチなど、ユーゴ出身のサッカー選手とコソボの関係についてもご質問をいただきました。彼らは試合の場などでNATOへの抗議を表明し、そのことで日本サッカー連盟から注意を受けました。日本にいる限り特に何の関係もないと思っていたユーゴ空爆を、これで初めて身近に感じられた方もいらっしゃると思います。
 4月18日朝に放送されたNHK「週刊こどもニュース」の「今週のわからん」のコーナーでは、NATOとコソボ問題が大変分かりやすく解説されていました。「民族」の違いとは何か?という点から説明していたのには感心しました。案外こういう基本的なところでピンとこない場合が多いのでしょう。4月27日夜のNHK「クローズアップ現代」では、コソボから避難してきたアルバニア人のインタビューを中心に、今回の問題をあつかっていました。

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 日本から留学や仕事、現地の方との結婚などでアメリカに生活されている方々からのメールには、CNNをはじめとしてアメリカ国内の報道に対する不満や不安が目立ちました。コソボ問題の歴史的背景がほとんど説明されず、その日その日の戦況ばかりが伝えられるので、そもそもなぜこういうことになったのか全然理解できない。ステルス戦闘機の墜落や、人質になったアメリカ軍兵士のことなど、アメリカに直接関係あることしか話題にされない。露骨に「NATO=アメリカ=善」「ユーゴ=セルビア=悪」という図式で報道や論評が行われており、アメリカ市民の言い分にもそうした傾向が強い。アメリカによるイラク空爆の時を思い出させる。等々。
 しかしそれでは、そのアメリカのニュースをたくさん受け取って流している日本のニュースは、どうなるんでしょう?

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 ところで、NATO軍の主力はもちろんアメリカ軍です。同じNATO加盟国ということで、バルカン半島に隣接するイタリアやギリシアが、空港や港や道路、工場などの民間施設をアメリカ軍に利用させています。しかし市民生活への支障や経済的負担が大きくなっており、これについて現在の政府内からも不満が出ています。
 よく考えるとこれは、決して日本人に関係のない話ではありません。「日米防衛協力指針」(ニュースで『いわゆるガイドライン』と呼ばれています)が実行された場合、日本でも同じことになるかも知れないからです。
 現在国会で議論されているのは、この指針を実行するのに必要な法律です。4月27日に衆議院で可決され、5月に参議院でも可決、成立する可能性が高くなりました(もっとも27日夕方は、どのTV局もガイドライン報道より松阪大輔の方が大事だったようですが)。
 この指針が想定しているのは次のようなことです。日本の周辺で戦争や紛争などが起こり、これにアメリカ軍が介入することになった場合、県や市や町は、アメリカ軍のために空港や港や道路や鉄道や病院を使わせるよう求められます。またそのために、役所や民間会社や病院(例えば航空会社、トラックなどの運輸会社、ゴミ処理のための清掃業など、港湾作業に関わる各種業者、大学病院も)から人を出すよう求められます(強制ではないそうです。しかし、みなさんが実際にその場に直面した時『私はいやです』と言えるかどうか、考えておく必要はあるでしょう)。
 日本では地方自治体の権限が小さく、ともすれば東京中心にものごとを決められる傾向があります(沖縄が典型的な例です)。もともとしっかりしていない地方自治のしくみが、ガイドライン実行で完全に無視されてしまいかねません。また、私たちの移動や言論の自由が制限される可能性もあります。
 ガイドラインに賛成する議員も反対する議員も、今NATOがバルカン半島でしていることを多かれ少なかれ意識しながら、話を進めているようです。しかし私たちは、この動きをどこまで正確に知っているのでしょうか?

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 セルビアと同じスラブ系のロシアが空爆に否定的である背景について、もう少し付け加えておきます。
 今回の空爆はNATO加盟国(特にアメリカとイギリス)の中で決まったことで、ロシアや中国も加わっている国連安全保障理事会(安保理)の決議を得ていません。ロシアや中国は表向き「安保理による国際的手続きをせずに空爆とはけしからん」という理由でアメリカを非難しています。
 しかしもっとはっきり言えば、これらの国々には「世界のことをアメリカの都合だけで勝手に決められては困る」という考えがあるのです。ちょっと前まで「アメリカと並ぶ超大国」だったロシアや、「21世紀の大国」を自負する中国にとって、アメリカの独断先行はがまんならないのでしょう。
 特に中国には、台湾をどうにかして自国に取り戻したいという考えがあります。台湾は一応「中華民国」という独立国です。しかし中国政府は、台湾は「台湾省」という中国の一地方に過ぎない、中国の領土だと主張しています。乱暴な見方をすれば「中国=ユーゴ」で「台湾=コソボ」ということです。「自分たちが台湾を取り戻そうとした時、今回のユーゴみたいに、アメリカにじゃまされてはまずい」ということで、見過ごすことができないのだと思います。

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 空爆が長引くにつれて、ユーゴ連邦の中にも新しい問題が出てきました。現在のユーゴは東のセルビアと西のモンテネグロ(現地ではツルナゴーラと呼ばれます)から成る連邦国家で、それぞれに政府があって大統領がいます。ちなみに、セルビアの大統領がミルティノビッチ、モンテネグロの大統領がジュカノビッチ。そしてユーゴ連邦全体の大統領が、ミロシェビッチです。
 セルビアでは4月28日、ドラシュコビッチ副首相が解任されました。今ヨーロッパでは、空爆を続けるNATOとは別に、EU(ヨーロッパ連合)やOSCE(ヨーロッパ安全保障協力機構)などヨーロッパ中心の国際機関が話し合いを再開しようとしています。ドラシュコビッチは、こうした動きに好意的な立場をとっていると言われます。しかしミロシェビッチを中心に「セルビア民族主義」を唱える人々には、それが気に入らなかったようです。
 モンテネグロでは、ジュカノビッチ大統領の政権が危機にさらされています。ジュカノビッチは昨年の就任以来、ミロシェビッチ大統領の強硬路線とは距離を置き、どちらかといえば西ヨーロッパ寄りの立場をとっています。しかしモンテネグロの中にもミロシェビッチの主張に賛成する人々がいて、このジュカノビッチの政権を倒そうとしています。こうした人々によるクーデター(武力によって政権を奪い取ること)の噂もあるほどで、ジュカノビッチは西側に向けて、セルビアによるモンテネグロへの政治的介入を非難する声明を出しています。
 ところで、考えてみれば当たり前ですが、すべてのセルビア人がミロシェビッチ大統領と同じことを主張しているわけではありません。かねてからセルビア国内には、ミロシェビッチ政権に批判的な政党や運動団体、新聞社や知識人が存在しています。空爆開始からセルビア国内では検閲が行われており、こうした人々の発言はまったくと言っていいほど聞こえてきません。民間放送局B92は空爆直後から送信を禁止されました。有力な反政府系新聞「ドネブニー・テレグラフ」は発行を停止され、編集者のスラフコ・チュルビャン氏は何者かに殺されました。しかしいくつかの反政府勢力は、インターネットを通じて彼ら(彼女ら)の実情を世界にうったえています。

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 セルビアの中には、コソボの他にもう一つ、ボイボディナという自治州があります。州都はノビ・サドです(ここもかなり空爆を受けています)。セルビアの北端にあって、すぐ隣はハンガリーです。住民の約20%にあたる40万人近く(実際は50万人とも)がハンガリー人で、セルビア語だけでなくハンガリー語も話し、国境を越えてハンガリーとの間をひんぱんに往来しています。
 実は、ハンガリー語もまたセルビア語とは全然違うのです。「こんにちは」はセルビア語で「ドバルダーン」ですがハンガリー語では「ヨーナポト」です。「ありがとう」はセルビア語で「ファーラ」ですがハンガリー語では「ケセネム」です。しかも単語だけでなく文法もまったく異なり、例えばセルビア語が英語と同じく「私は・です・イチロー・イウラ」というのにハンガリー語は「私は・イウラ・イチロー・です」とむしろ日本語に近い言い方をするのです。
 今のところ、ボイボディナでハンガリー系住民とセルビア人の対立が激化しているわけではありません。しかし、ここもコソボと同様、1990年以降自治権が大幅に縮小されました(だから本当は『コソボ自治州』とか『ボイボディナ自治州』ではなく、単に『コソボ・メトヒヤ』とか『ボイボディナ』と呼ばれています。またプリシュティナやノビ・サドも今は『州都』でなく、単に『中心都市』です)。また、ハンガリー系の若い男性の中には、ユーゴ連邦軍に徴兵されるのを嫌ってハンガリーへ逃げ込む例があります。今回の戦争は明らかにセルビア人の利益のためで、彼らにとって戦う意味がほとんどないからです。
 ハンガリー政府はこうした若者を一応国内に受け入れています。またハンガリーのオルバーン首相も、ボイボディナのハンガリー人をコソボでの戦闘に加えないよう、セルビア政府に求めています。ですから、セルビアとハンガリーの関係は決して良好とは言えません。しかもハンガリーは空爆の2週間前にNATOに加盟したばかりで、今やNATOの最前線基地の一つでもあります。ハンガリー市民の4分の3は、自国が今回の紛争に巻き込まれるかも知れないと考えているのです。

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 ところで、セルビア民族がコソボの地を失ったのは、1389年6月15日の「コソボの戦い」でオスマン・トルコの軍隊に敗れた時からだと言われます。この時トルコ軍と戦ったセルビアのラザル公は、今日でもセルビア人にとって民族的英雄の一人です。極端な話ですが、ミロシェビッチ大統領をこのラザル公と同一視するような人もいます。
 「コソボの戦い」の結果、セルビア人はコソボを失い、そこへ南からやって来たアルバニア人が住みつき、そしてコソボはアルバニア人の土地になった、アルバニア人はトルコと組んでセルビア人からコソボを奪った、今こそコソボを取り返せ…というのがセルビア人側の言い分です。
 しかし、だからセルビアとアルバニアはずっと仲が悪い…というのは極端な言い方で、私は賛成できません。
 歴史的事実を一つ紹介します。「コソボの戦い」でラザル公は隣国ボスニアや周辺の小国と手を組み、連合軍でトルコに対抗しました。ボスニア人、クロアチア人、ハンガリー人と並んで、実はアルバニア人もこの連合軍に加わっていたのです。しかもこの時、ほとんどのアルバニア人はキリスト教徒でした。
 もう一つ。アルバニアの首都ティラナの中央広場には、アルバニア民族最大の英雄スカンデルベウの銅像があります。馬に乗って空へ飛び上がる姿が実にかっこよく、待ち合わせ場所にも最適ですが、このスカンデルベウこそ、アルバニアの独立を守るため諸侯を率いてオスマン・トルコと戦い続けた人物なのです。実際、彼が死ぬまでトルコはアルバニアを支配できませんでした。そういう人物が、今でもアルバニア人の英雄なのです。
 アルバニアとトルコは同じイスラム教で仲がいいのでは…というご意見もありましたが、上にあげたようにそれほど単純ではないと思います。もちろん今のトルコとアルバニアは経済的・軍事的な交流が活発ですが(ブルガリアやギリシアを経由して、バスで行ったり来たりもできます)。

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 そうそう、コソボ問題に宗教は関係あるのか?というご質問もたくさんありました。アルバニア人はムスリム(イスラム教徒)、対するセルビア人はキリスト教徒らしいから…ということなんでしょう。
 実はかなり前から、アルバニアの宗教についてよく似た問い合わせが多いのです。例えば「本やニュースなどによるとアルバニア人の60%はムスリムだそうだが、それ本当?」という風にです。
 4月初めに、ミロシェビッチ大統領が復活祭(イースター)期間の停戦を申し入れてNATO側に拒否されたことがありました。復活祭は、クリスマスと並ぶキリスト教の重要な祭日で、ヨーロッパ諸国はどこも連休シーズンです。この復活祭、実はアルバニアでも毎年けっこう派手に祝っているのです(日本ではまったく報道されなかったようですが)。
 私の体験を紹介しましょう。アルバニアである家庭に泊めてもらった時のことです。ちょうどイスラムの断食明けのお祝いが行われていて、テレビでもその模様を放送していました。その家の人が「今日はお祭りだから」とお菓子を出してくれたのですが、私がその人に宗教をたずねると一言「うちはギリシア正教だけど」。
 (ギリシア正教は東ヨーロッパで有力なキリスト教の一つです。セルビアでは『セルビア正教』、ロシアでは『ロシア正教』といいますが、ほとんど同じです)
 もう一つ。ある役所勤めの友達とお茶を飲んでいました。彼は日本に留学したことがあり、近々また日本に行くつもりだと言いました。で、見込みを聞くと一言「インシャラー(アラーのおぼしめしにまかせるよ)」。これはイスラム風の言い回しで、アルバニアがオスマン・トルコに支配されていた時代(14世紀後半〜20世紀初め)に浸透したものでしょうが、彼がしこたま酒を飲むことはあっても、コーランを読んだり一日に何度も礼拝する姿など、私はついぞ見たことがありません。
 私の印象ですが、宗教の違いについてアルバニア人は寛大です。「うちの宗教?そういえばオスマン・トルコの時代にムスリムに改宗したから、やっぱりムスリムかなぁ…」くらいの感覚の人が多いのです。この大らかさは、ひょっとすると日本人並みかも知れません。
 (それから『改宗』について誤解のないよう付け加えます。オスマン帝国は、支配地域の住民にムスリムへの改宗を強制しませんでした。当時ムスリムになったアルバニア人の多くが自発的な改宗で、その理由も、帝国内で高い社会的地位や経済的な利益を得るためでした。)


 事実、首都ティラナでは、カトリック教会とギリシア正教会とモスク(イスラム教寺院)が同じ通りに仲良く(?)並んでいます。バチカン大使館とトルコ大使館の住所は、どちらも目抜き通りの一等地です。大統領や首相は、クリスマスや復活祭、断食明けなど各宗教の重要な行事にはすべて平等に「お祝い」の演説を放送しますし、通りにはそのつど「復活祭おめでとう!」とか「断食明けおめでとう!」といった横断幕が張られます。私が知り合ったコソボ出身のアルバニア人のうち、少なくない人がカトリック信者で、アルバニア語の聖書を読んでいました…ああそう言えば、「世界一有名なアルバニア人」マザー・テレサは、まさしくキリスト教徒じゃありませんでしたか?
 統計だけ見れば、アルバニアを「ヨーロッパ唯一のイスラム国」と言うこともできます。しかし日本のことを考えてみて下さい。例えば、海外のテレビに日本の初もうで風景が出て「日本人はみな敬虔な神道信者である」とか、東京のクリスマスの夜景に「キリスト教は日本人の精神に深く根を下ろしている」とかナレーションかぶせられたら、何か変でしょう?。

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 私たちが海外の戦争・紛争を語る時、つい「あれは宗教対立だから」という言い方で片づけてしまうことがあります。たいていその後に「だから日本人にはよくわからない」とか「だから根深くてどうしようもない」と続くのですが、果たして本当に、純粋に宗教の違いだけで戦争が起こるものなのか?よその土地の対立を「宗教のせい」と決めつけることで、より深く考えるのを避けていないか?宗教の違いは単なる表向きの理由で、もっと別に具体的な背景(例えば、ごく最近の経済事情、周辺の国々との関係など)がないか?一応考えてみる、また調べてみる必要があるのではないでしょうか。

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 このホームページの情報はアルバニア寄りでは?というご意見もいただきました。これは痛いところで、私も否定できません。というのもこのページでは主にATSh(アルバニア国営放送局)が毎日インターネット上で配信するニュースを翻訳し、掲載しているからです。
 もちろんこれは、日本にはなかなか細かく正確に伝わらないアルバニア国内の動きを紹介するためです。しかしATShのホームページには、セルビア軍によるコソボ住民の虐殺やアルバニアへの砲撃、アルバニア国内で活躍するNATO軍兵士の様子が詳しく書かれることはあっても、そのNATO軍がユーゴの放送局やミロシェビッチ大統領の公邸、あげくの果てに一般住宅街や避難するアルバニア人まで爆撃し、多数の死者を出したことなど、まったく触れられてはいないのです。
 (日本で伝えられたかどうか知りませんが、あのミロシェビッチ公邸は1934年にセルビアの建築家アレクサンダル・アツォビッチらによって建てられました。戦前戦中の軍関係者による所有を経て、戦後は『ユーゴ建国の父』チトーの公邸に、またその死後は『チトー記念博物館』になりました。大統領公邸になったのは1995年からです。貴重な歴史的建造物だったと言っていいでしょう…それが今では、がれきの山です!)
 圧倒的多数のアルバニア人はNATOを全面的に支持しています。それが国内報道の内容にも影響しているのは確かです。どうかその点を忘れずに、お読みいただきたいと思います。
 もちろん、公平を期すために西ヨーロッパ各国(特にドイツやイタリア)の報道も時々引用しています。可能な方はぜひ、ヨーロッパの新聞のホームページも読まれることをおすすめします。NATOの空爆継続に批判的な主張もあり、いろいろな角度からコソボ問題が見えてくるはずです。
 機会を見てユーゴ国内の新聞記事を紹介することも考えていますが、残念ながら、私はアルバニア語ほどにはセルビア語が読めません(何しろ全然似てない言語なので >_<;)。もう少し、時間をいただきたいと思います。

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 私は毎年アルバニアを訪ねますが、コソボに行ったことは残念ながらまだ一度もありません【1999年4月現在】。コソボのアルバニア人とは主にドイツで知り合いました。特にミュンヘンでは、同じ大学に通い、一緒に食事をしたり家に招かれたりして、コソボの話をたくさんうかがいました。
 (ちなみにコソボのアルバニア語は、アルバニア語を話す地域では一番北の方言です。アルバニアの首都ティラナなどで話される標準アルバニア語とはかなり違いがあり、地元の人同士の会話に割り込むと、私も時々わけがわかりません。)
 今はほとんど無人の廃虚になってしまったと言われるプリシュティナやプリズレンやジャコヴァやペヤも、その頃は、歴史のある美しい町でした。そのうちドイツから「ちょっと寄り道」して遊びに行こうと思っていたら、今のありさまです。

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 ある方から、いつか平和なユーゴを訪ねる夢ができた、というメールをいただきました。この時勢には不釣合いなほど前向きな発想に、驚きましたが感心しました。いつになるかわかりませんが、いつかその日は来るはずです。どうかその日まで、くれぐれもコソボを忘れずに。

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 気のせいか、アメリカの高校で銃が乱射されて以来、コソボ報道もめっきり減りました。しかし今もアルバニアからニュースは入ってきます。その中には、たくさんのぶっそうなできごと(国境での戦闘や、難民流入に便乗した犯罪など)の間をぬって、新しい本やコンサートなど文化的活動の紹介、新しい学校で学ぶコソボの子ども達、避難民が戦争で受けた心の傷をいやそうと努力する専門家、同胞支援に協力するアルバニア市民の姿が紹介されています。
 街が破壊され、家が焼かれても、人間は生き続けるのです。
 そのことを示すニュースを、もうしばらく私のページで、できるだけ日本語で紹介し続けます。いつかコソボとアルバニアとバルカン半島をめぐる報道が「戦争」や「虐殺」や「強姦」や「難民」や「貧困」でなく、文学や芸術や学問の交流を伝えるものに変わる日まで。そして私のホームページがもはや注目を集めなくなり、アルバニア語の小説や詩の翻訳をこつこつと掲載し、それを静かに読んでもらえる場に戻る、そう遠くない日まで。
 

1999年4月30日

井浦伊知郎

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アルバニア語やセルビア語の固有名詞について。本来は原音に近い「コソヴォ」「ユーゴスラヴィア」「ティトー」「ミロシェヴィチ」などとすべきで、私も普段はそうするのですが、このページでは日本で広く通用する書き方に統一しました。また「ユーゴスラヴィア」は「南のスラヴ」という意味で、これを「ユーゴ」「ユーゴ」と省略するのは「南」「南」と読んでいるだけだから本当はすっごく変(『サウディアラビヤ』を『サウジ』としか言わないのも同様)なのですが、やはり日本ではこの呼び方が定着しているのでそれにならいました。

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