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ファトス・コンゴリ 『敗北者』

9
 二人で一緒に出かけたその晩、知っている人には誰も会わなかった。ソニャのマンションを上がる時も、住人にも誰一人として見られることはなかった。そして翌日には問題が発生した。それは私の服装だ。五月の終わりだった。夜は冷え込むので上着を羽織るのが普通だった。私の上着はごく地味で、最初の晩こそコニャックの酔いの興奮で気にならなかったが、翌日には目につくようになっていた。そんな上着では、ソニャの輝きを前に私はいかにもみすぼらしく見えた。そんな不平等は受け入れ難いものだった。受け入れ難いのはソニャも同じだった。言いそびれていたが、ソニャは建築士で、死に別れた前の夫も同じ職業だった。それともう一つ。その夫の写真が到る場所に置かれていたのだ。私とソニャが愛し合った婚礼ベッドの、その傍のナイトテーブルの上にもだ。長身で、見映えのいいブロンドの男だった。三十五歳ぐらいだろうか。初めは彼の視線が私を苦しめた。何度かソニャに、彼が傍にいては愛し合えないのだと言いそうになった。やがてそれにも慣れた。ソニャがそのままで我慢するというなら、私もそれを受け入れるしかない。ソニャには複雑なところがあり、一方その彼女の魂の繊細さを理解するには、私は余りにも無能だった。自分の横顔と、写真の中から私たち二人を見つけるその男の横顔との間の相似が余りにも明白であることに私は気付いていなかった。彼女が私に愛していると誓う時、それは本気でそう言っていたのだが、彼女が私の瞳の中にその男の瞳を見ていたことにも、私は気付いていなかった。彼女が、まるで自分の気の毒な夫を連れているように、私を連れて衆目に身を晒そうと決意したのも、自分はただ一人のものだと世間に示そうとしていたのだということにも、私は気付いていなかったのだ。だが、或いはそれすらも幻想であり、酔い疲れて病んだ私の思考が見せた、ありもしないものだったのかも知れない。
 ともあれ、ソニャは私と一緒に出かける心づもりでいた。もし最初の晩に知っている人に見られなかったとしたら、別の日の晩にそれが起きていただろう。翌日、夕方近くには二人ともしらふで、アルコールの臭気も入り込む余地が無かった。ソニャは私を頭からつま先まで眺めて
「ちょっと待って」と言った。無言のまま私がソニャの後に着いて寝室へ入ると、そこで服を脱ぐようにと命令された。私は服を脱いだ。すると不満げなソニャに、パンツもシャツも脱ぐように言われた。私は脱いだ。そうするとソニャは寝室のタンスの引き出しを開けると、中からパンツとシャツをひと揃い取り出した。
「これ着て」とソニャは私に言った。私は言う通りにした。それから青いワイシャツ、ネクタイ、靴下、それに、いつからそこにあったのか、アイロンをかけたハンカチを引っ張り出した。洋服ダンスの前でソニャはしばらくの間、もの思いげに立っていた。私はそんな彼女の動作に、全ての命令を忠実に履行しようとする好奇心の強い子供のように付き従っていた。ソニャは洋服ダンスの両開きの扉を開け、ハンガーを一つまた一つと動かしていたが、そこから青色のズボンを一本取り出した。私はそれを履いた。まるで私の為にあつらえたように、それは私に合っていた。身体にそれと感じないほど軽い白のジャケットを羽織っていると、ソニャが軽く声を上げた。そして、もどかしそうに私のネクタイを締め、私を急き立てて、サイズ二十二の黒い靴を履かせた。それは私のサイズと同じだった。最後に私を部屋の真ん中に立たせると、後ろへ下がって私をじろじろ眺め回してから、こう言った。
「いいわ、隣の部屋で待ってて」
 応接間には滅多に入ったことがなかった。たまに入った時も、居心地は余り良くなかった。このマンションのどの部屋よりも、この部屋の中では過ぎ去った生の存在が、何ひとつ変わっていないことを実証しようと踏ん張っているようで、目に飛び込んでくるものは誰であれこの部屋の住人の不在の中に足を踏み入れるものを不快な気分にしないではおかないだろう。しかも、部屋の住人はその場にいるのだ。蔵書を収めた本棚の一角の、程好い大きさの写真の中に。私は近付いて、その写真を手に取った。
「ああ主よ」私は思った。
「力みなぎる男盛りの最中に死んでしまう、為す術もなく、ソニャを残したまま死んでしまうとは。これほどに無残な責め苦があるだろうか、これほどに無意味な死を、誰が欲するのだろうか?」
『お前だよ』写真の中の爽やかな笑みのまま、低い声で、相手にそう言われたような気がした。
『もし俺がいれば、お前はここにいない、そうだろう?』
『スパルティの言う通りよ』ソニャが言った。
『もしスパルティがいれば、あなたはここにいない。もし私がいれば、あなたはここにいない。もしあなたがいれば、私はここにいない・・・』
そこでぼんやりしていた私ははっと気付いた、スパルティが自分と同じジャケット、同じワイシャツとネクタイ、同じ青色のズボン、そして恐らくだが、自分が履いているのと同じパンツとシャツも身に着けていることに。そのカラー写真は、自分が今いるこの部屋で撮ったものだった。ソニャと二人して、そこのソファに座っている。そうしているうち寝室からソニャの足音が聞こえて来たので、私は写真を元あった場所に戻すと、スパルティが座っていた、まさにそのソファの、同じ場所に腰を下ろした。入ってきたソニャの頬は陽の光が差したように紅潮していたが、私はソファに背をもたれさせたまま、驚きの叫びをどうにか抑えていた。ソニャはワインレッドのドレス姿で、手にはカーディガン、肩からは白いバッグを提げている。つい今しがた写真で見たのと同じ姿だった。彼女はドアのところに立っていて、私はやっとのことで立ち上がれる態勢を取り戻した。その時、彼女が私の方へやってきて、並んでソファに座り、身を傾げ、私の肩にそっと自分の肩を寄せてくる気がした。これは偶然なのか、それともソニャがそうお膳立てしていたことなのか?私には全く分からない。その時の私は、自分の横顔がスパルティのそれとそっくりだということに気付いていなかったのだ。だがもし気付いていたとしても、それを言おうとはしなかっただろう。理由は単純、ソニャには私を好きなようにすることが出来たのだ、私にスパルティの服を着せたあの時から。私は、自分がとことん彼女に惚れ込んでいるのを感じていた。
 間違いない。ソニャは遊戯を楽しんでいた、気まぐれを満たしていたのだ。そうでなければ、「ダイティ」ホテルのレストラン[訳註:原語tavernëはギリシア語ταβέρναと同語源。アルバニア語では「バー」や「居酒屋」に相当するものを指すことが多いが、この国営ホテルに隣接するタヴェルナは他よりも広く豪華で、むしろ「レストラン」と訳すに相応しい]に三晩も続けて私と一緒に行くわけがない。私とソニャは三晩行ったが、四晩はなかった。理由はただ一つ、三日目の晩に、あの閣僚の息子、党員取調官の男に見つかったからだ。最初の晩に目にしたのは、あの場所でソニャの顔を知らない者がいないことだった。奇妙な知らない顔は私の方だった。入り口で彼女を出迎えたホテルの支配人も、給仕頭も、給仕たちも、それにレストランのオーケストラ楽団に至るまで、ひれ伏さんばかりの丁重さで彼女を歓迎した。私とソニャは店内の一隅の、オーケストラ楽団から一番離れた丸テーブルに陣取った。それでも、何処にいても同じくらいに喧噪が響き渡ってきた。店内に足を踏み入れた時、ちょうど外国人のカップルが踊っていた。私たちはウィスキーとコーヒーを注文した。周りを気にしながらソニャは数千レク分の紙幣を私に握らせた。そして私に、自由に振る舞うように、何も心配しないようにと言った。川沿いの小さな町で育った私のような者にとって、彼女が言うように振る舞うのは容易なことではなかった。当然ながらレストランも、ぴかぴかに洗いざらした酒場にしか思えなかった。一つだけ興味を引いたのは外国人たちだったが、向こうは向こうで自分らのことしか眼中になかった。
 灰色の眼の男がレストランに現れたのは、私とソニャが来てから一時間ばかり経った後のことだった。三人連れで、三人とも同じような上着を着ていた。ホテルの支配人が案内に立っていた。遠目にその姿を認めた時、自分でもどうしてだか分からないが、ウィスキーのグラスを持つ手が硬直した。ソニャは自分の女友達の、ありふれた離婚話を私に話しているところだった。私の表情はこわばっていたに違いない、彼女は不意に話すのをやめ、私が心ここにあらずといった風で向こうの方を見ていることに気付いた。それはレストランの入り口がある方で、店に着いたばかりの連中が立ったままその場にたむろしていた。ソニャは私が見ている方に目をやった。そして微笑んだ。
「あっちなんか見ることないでしょ」
そう言ってグラスを手に取り、私のグラスと軽く合わせると、軽くくいっと喉に流し込んでからテーブルの上に戻した。彼女はその謎めいた笑みを絶やさぬままだった。今着いたばかりの連中は、私とソニャがいるのとは反対側にあるテーブルの方へ向かった。どうやら空いているテーブルを見つけたらしい。それは私の視界に入らなかった。彼らの姿も、一緒にいた支配人の姿も見えなくなった。ソニャは何事もなかったように、中断していた女友達の離婚の話にかかった。しかしそれはまたも中断された。メインの照明が消え、テーブルは柔らかく赤みがかった光に包まれた。オーケストラがブルースを演奏し始めた。ソニャは私にグラスのウィスキーを飲み干すようにと言った。そしてソニャもグラスを空けた。まだ踊りに出てくるカップルはいなかった。
「立って」ソニャが言った。私は気乗りがしなかったが、あれこれ説明を求めるまでもなかった。ソニャが求めていることが何か、何をしようとしているか、何を言おうとしているか、私にははっきり分かっていた。
「何も心配しないで」ソニャは私にそう囁いた。私は、ソニャに魔法でもかけられたようだと言った。そしてこうも言った。ソニャが望むなら、自分はあの灰色の眼の男をこのレストランの中でこてんぱんにしてやるつもりだ、と。
「そんなことしなくてもいいわ」彼女は答えた。
「そんなことしたら余計厄介なことになるから」
二人の「ソロ」のダンスはずっと続いていて、最もその気がなさそうな客でさえ、ついにはこちらに見入ってしまうほどだった。三人組が座っているテーブルも同様だったが、そこは支配人を加えて四人組になっていた。そのうちカップルたちが活発に動き始め、ソニャは席に戻ろうと言い出した。給仕がウィスキーを運んできた。ソニャはそれにはもう口を付けようとしなかった。彼女は炒って塩味のついたアーモンドを注文した。それはあのレストラン、あれ以来一度も立ち入ることのなかったレストランでの記憶の中で、私が最も興味を感じたものだった。私は好奇心に駆られ、あの閣僚の息子が足しげく通っているのか知りたいと思った。
「きっと見つかったわね」ソニャが言った。
「今頃怒り狂ってるわね。前に聞いたことがあるけど、あいつは獲物をいたぶって満足を感じるらしいの、要するに、あいつの捜査の手中に落ちてしまったら運の尽きってこと。ラディの仲間内ではそのことは有名よ、みんなそう囁いてるわ。でも誰も動きゃしない。誰を動かそうともしない。今ここで幾つの視線が私たちを付け回してるか、あなたに分かる?」ソニャは不意にそんなことを訊いてきた。
「心配しなくてもいいわ、あなたは私と一緒なんだから。あの馬鹿どもからすれば、あなたが私と一緒にいるってことは、あなたがラディと一緒にいるようなものなのよ。そしてもし、あなたがラディと一緒なら、それはあなたがラディのお父さんと一緒にいるようなもの。あのけだものたちにはね。ウサギの前では虎になれるくせに、虎の前ではウサギになっちゃうんだもの」
ソニャは私のグラスを取り、少しだけウィスキーを飲んだ。
「でもあいつはね」ソニャは話を続けた。
「あれはパルヴニュなのよ。あいつの父親もそう、あの閣僚もね。パルヴニュって言葉の意味、知ってる?私たちのこの国はパルヴニュどもの手に落ちてしまっているのよ。私たちの社会はね、一枚岩だって言われるけど、腐りきってるのよ。だって国を指導するのがパルヴニュの連中なんですもの。これは国民にとって大きな不幸だわ。いつの日かパルヴニュどもから私たちが救われるのは、難しいわね・・・」[訳註:原文ではparvënyと書かれているが、フランス語parvenu(成金、成り上がり)のこと]
 私とソニャはもう少しだけその場にいて、それから外に出た。店の外は肌寒かった。大通りは人影もまばらだった。ソニャは私の手を取り、私に寄り添った。私はもう少しで彼女に結婚しようと口走りそうになった。それはずっと私の頭の中に引っかかっていたのだったが、しかし言い出せなかった。私は自分をパルヴニュだと感じていた。たまたま運の良いのが重なって、天界の女のお目にかなった、そんなパルヴニュだ。

 ソニャの振る舞いはますます不可解なものとなっていった。規範という点から見れば彼女の態度は公然たるスキャンダルだ。それを私に、その通りの言葉で告げたのはラディだった。彼からの電話で、こちらに向かうと告げてきた時、私とソニャはベッドから起き出しコーヒーを飲んでいるところだった。試験期間の真っ只中だった。私は一次試験には出ず、二次試験までの時間を稼いでいた。ラディとは三週間前から会っていなかった。
「あなたが帰っても意味ないわよ」とソニャが言った。
「あの人、あなたがここにいること知ってるんだから」
 だからラディは、私がその場にいるのを見ても全く驚きを見せなかった。彼は、私とソニャがずっと注目されている、ティラナ中の噂になっていると言った。そしてこの、公然たるスキャンダルという言葉を口にした。ソニャは笑った。その笑いが私を不安にさせた。私には、彼女の要求に抗うだけの僅かな行動すら取る力が無かった。ソニャとラディの会話の場に第三者として居座る気にはなれなかったのに、ソニャは私を容赦しなかった。そんな状況の中で、ラディが要点を切り出した。彼は言った。自分は父親から断固たる命令を受けて来たのだと。その命令によればこうだ。今夜ソニャは、もう一か月以上も両親に預けたままにしている息子を引き取ること。次の日の朝にはその息子と一緒に車でドゥラスの別荘に無期限で入ること。
「二か月ぐらいかな」ラディは言った。
「あなたが治るのにそれぐらいはかかるだろう。父は言っていたよ、あなた
は精神疾患になりかけているってね。だがそう思っているのは僕の父だけじゃない」
 今度はソニャも笑わなかった。彼女は真っ青になっていた。
「叔父さんが命令できるのは、叔父さんの言いなりになる連中だけじゃないの」ソニャは言った。
「私はそんなんじゃない。今までも、これからも叔父さんの言いなりにはならないわよ。私の身体の具合なんて、今まで良かったためしがないんだから」
そう言ってソニャは部屋を出ていくと、コニャックの瓶を持って戻ってきた。そして三人分を注ぐと、自分の心意気を示すかのように、ひと息に飲み干した。ラディは彼に注がれた分には手を付けなかった。私もだ。ソニャには抗弁する権利があった、だがそんなやり方ではない。その時そう私は思った。この凡庸な私がだ。その時そう思った私は、反乱というものが何かもわからず、この女を理解するだけの能力も持っていなかった。ラディはいつもの青白い顔を更に青白くさせていた。
「あなたは、父の言うことに一言一句従うんだ」ラディはそう言った。
「僕は冗談を言ってるんじゃない。それに、もうそんな暇もない。あなたにはっきり言ってあげようか。父は強く警告しているんだ。あなたが言う通りにしなければ、サリを救うことだって不可能になってしまう(ラディもソニャも、二人とも私をそう呼んでいた)。僕らだけが知っている秘密ももはや秘密ではなくなるだろう。それが父の耳に入ったら、事態は最悪だ」[訳註:主人公セサルThesarの愛称はサリSari]
ラディはそこで沈黙したが、しばらくすると口調をやわらげ、ソニャにこう言った。
「もう意固地になるのはやめてくれよ。他に選択枝なんかないんだ。さもないと、うちの父でさえ怖れるような厄介なことになるよ[訳註:原文hapet një avaz(声が開く)は「問題が発生する」という意味の慣用句。avazはトルコ語で「声、音、響き」等の他「ニュース、新聞」の意味でも用いられる]。僕は父から、あなたがちゃんと言う通りに行動するようにとしつこく言われてきたんだ。こうなっては僕も、父の言う通りだと思う。詳しいことは僕にもわからない。でも、父が心配していることだけはわかる。もう一度言うよ、父は怒ってるんじゃない、心配してるんだ。サリ、君もだ。しばらくはティラナの町中に堂々と姿を現すんじゃない。故郷の町に戻って、試験勉強に取り掛かった方がいいよ。」
 私の脳裏に、彼の誕生日の雪の夜の記憶がよみがえった。父と息子の会話の断片も、父親の方が招待されてもいない友人を呼んだことを気にしていたことも。
「ああ神よ」私は思った。「誰も冷静ではいられない、誰もが怖れている。力を手にしたはずの人でさえ恐れることがあるのだから」
その恐れを、私はラディの話し方や、ソニャに対する懇願の仕方の中に見てとった。そしてその恐れは、私自身の中にも入り込んでいた。背筋に氷のような冷たさを感じた。生まれ出たその塊の中で、ラディはあけすけに不安を口にしたのだ。
「すまない」私はつぶやいた。「本当にすまない」
ソニャがテーブルから立ち上がり、窓の側へ向かった。そこでラディはコニャックを少しだけ口にした。そして口元に笑みを浮かべたのだ、まるで私にこう言っているように。
『気にしないでくれ。そういうものなんだ』
こちらに戻ってきたソニャは、目元に涙をひとしずく浮かべていた。
「いいわ」彼女はラディに言った。「わかったわ。確かに私は病気かも知れない、自分じゃわからないけどね。叔父さんに伝えてちょうだい、わかりましたって。でも明日は出発できないわ。明後日よ、そう言っておいて。明後日の朝にならないと支度できないから」 そこまで言ってから、ソニャは再び背を向けた。ラディは何の反応も示さなかった。私は彼の顔に或る種の安堵を見た。彼はグラスに残っていたコニャックを飲み干し、立ち上がって
「じゃ帰るよ」と言った。ソニャは返事をしなかった。それでラディは肩をそびやかした。彼は私に手を振ると、何も言わずその場を立ち去った。
 私はコニャックの残ったグラスを目の前にしたまま、その場に座っていた。立ち上がってラディを玄関まで見送ることさえも出来なかった。ソニャは窓際に立ったままで、まるで彫像のように固まっていた。何をしたらいいかわからなかった。私は口を閉ざしたままだった。やがてソニャが私の目の前に来た。暑い午後だった。飲んでいたコニャックはぬるく、不味くなっていた。その時初めて、自分がここではよそ者なのだと思った。偶然にも、或る種の人たちの、その人生の歯車の中に巻き込まれてしまったのだ。何となくだが、その周りには謎めいた霧が立ち込めていて、私には先を見通すこともできないままなのだ。だが一方で、その晩こそ私はソニャをこれまでにないほどはっきりと理解したとも言える。
「一緒に出かけるの怖い?」と彼女は私に訊ねて来た。その時私は自分の人生でも最も芝居がかった、最もおかしなしぐさをしてみせた。ひざまづき、彼女の両手を取り、口づけを浴びせたのだ。その頃、私はウェスタンの映画を見ていた。その映画の中では、千と一つのアクションの果てに、ヒーローが愛する人の前にひざまづいていた。私の、いささか時代遅れなそのしぐさも、その映画のヒーローがやったことを後追いしたのだと思う。私はみずからひざまづいたが、それはたぶん、ソニャが自分に、夜一緒に出かけるのは怖いかと訊ねて来たので、膝からくずおれたというだけのことだっただろう。彼女の言葉から、それが二人にとって最後の外出になるだろうと私にはわかったのだ。それはつまり、明後日にはここを発たざるを得ないという意味だ。私の感傷的な振る舞いもソニャには過ぎたものとは映らなかった。彼女は私の頭を両手で抱き、私の髪を撫でてくれた。どうやら、男にとっては時代遅れな振る舞いも、女からすれば常に同じとは限らないらしい。陽が沈んでから、私とソニャは外に出た。まるで葬儀に向かっているように押し黙ったまま歩いた。通行人が蠅のように見えた。ソニャにどう見えていたのかはわからない。レストラン「ドニカ」の前で二人は顔を見合わせた。二人とも気付いたのだ。我々をじろじろ見てくるような連中の視線を避けるのに、「ドニカ」ほど向いているところはないということに。[訳註:ドニカ(Donika)はホテル「ティラナ」の裏に実在したレストラン。店名はアルバニアの民族英雄スカンデルベウの妻の名に由来する]
 別に灰色の眼の男から逃れたかったわけではない。あの視線からは今まで逃れることができなかったし、そして今夜も逃れることはできないだろう。他の視線もあって、我々の方を見ているはずだがそれは我々からは見えないのだ。「ドニカ」なら、まだ落ち着いて入れるだろう。もっと落ち着いていられるだろう。レストランの天井に頭をぶつけそうな階段を上り、バルコニーのある方へ向かった。そして隅の席に腰を下ろした。我々二人の前の手すり越しに、下の階のホールが見渡せた。空いているテーブルは一つだけだった。ソニャは何も言わなかった。私もだった。三十分ほどしてからウェイターが来て、今夜はチョフテと付け合わせのサラダしかないと告げた。
「結構よ」ソニャが言った。「チョフテと、付け合わせのサラダをお願いするわ」
「あとビールも」と私が言うと
「ビールはございません」とウェイターは答えた。
「何があるの?」と訊くと
「ウゾなら」と満足げに答えた。
「ウゾをダブルで二人分」とソニャが、その満足げな振る舞いを断ち切るように言った。
 ウェイターが立ち去ると、向かいの席に男女の二人連れが座った。私の何気ない視線は影のようにその二人にはりついた。二人は婚約者同士のように見えた。私は二人に申し訳ないと思った、今夜この店にはチョフテと付け合わせのサラダしかないことに。あとはウゾだ。そこで私は好奇心に駆られた。あの向かいに座っている女は、ウゾを飲むのだろうか?とその時、女の方がこちらを振り向いた。
 それは、この店で出くわす可能性が最もなさそうな人物だった。それはヴィルマだったのだ。彼女の連れは従兄弟だった。かつてマクスの好きな食べ物を聞き出した、あの従兄弟だ。ヴィルマの顔は真っ赤だった。私の方を見ていたことを、不意に私に気付かれたからだろうか。だからヴィルマは顔を背けた。彼女がティラナの中等学校の卒業試験を控えているのは知っていた。父親はまだあの町の小学校の校長を続けていた。不安に襲われ、私はヴィルマから目を離せなかった。きっとヴィルマはもう一度こちらを見ようとするはずだ。私ではない。ソニャの方を見るのだ。そしてその通りになった。間もなく偶然を装ったような、好奇心の強い女子学生にありがちな動作で、確実に罠にかかったらしく、ヴィルマは我々二人に目をやった。だが罠は立ち上がったのだ。その晩は恐ろしく憂鬱な気分であったにもかかわらず、私は吹き出しそうになった。すると彼女の顔は更に真っ赤になった。
「俺は馬鹿だ」と思った。するとソニャが出ようと言ってきた。もう一時間半も経つのにウェイターは姿を現さない。店を出た。

10
 退屈な夏だった。退屈というより無意味でさえあった。無意味というより空虚でさえあった。私は八月の終わりに秋の試験を受けた。八月末にはアフリカから厚い雲の波が押し寄せてきたが、それは秋がすぐには訪れそうもないことを示していた。ラディは二週間遅れで授業にやって来た。私はソニャに恋い焦がれたままラディを迎えた。だがどちらともソニャのことは口にしなかった。ラディにそうする理由はなかった。私も強いて訊ねようとはしなかった。
「おかしな納得の仕方だな」私は思った。夏の間ずっと二人は一緒に過ごしていたのだ。ラディは恐らく、ほんの二日ほど前に彼女のもとを離れたはずだし、私の方も口をつぐんでおかなければならなかった。そう思うと神経が昂った。うんざりする思いだった。そういう暗黙の了解が自分にとってどれほどのものか、言いたくてたまらなかった。もう辛抱できない、どんなに夜遅くでもソニャのところへ行きたいと言いたかった。恐らくティラナの半分に立ち向かうことになるだろうが。
 このことを思い出すと、私は胸が痛む。私はもう少しで口走るところだった。ラディが破滅の一歩手前にいた時、私の目はエゴイズムに曇らされていた。だがラディが破滅の淵にいたなどと、どうして私に知り得ただろう?何もかもが普段通りまどろみの中で息づいていた。ダイティ山はオリンポスの久遠と静寂をたたえ、首都の上にそびえている。ラディの目つきはいつ見てもずっと不安げで、顔色は真っ青だった。だがそれが破滅の時だなどと、どうして私にわかっただろう?私は予言者ではないのだ。私はソニャと寝たいと恋い焦がれるだけの、尾羽打ち枯らした惨めで哀れな男でしかなかった。ソニャが気に入って何度も言っていたパルヴニュだ、愛のパルヴニュだ。ソニャと関係ないことなど私には何の興味も無かった。沼地に溜まった水の底で炎が燃えていて、その沼地に蛙だの魚だの、ウナギだの蛇だの、何がいるだのいないだの、その沼地が沸点に達しようとしているなど、そんなことが私の頭に浮かぶはずもないではないか?私の考えはどこも見通せなかった。誰であれ、どこへも考えをめぐらせることなどできない。できるのはただ、自らの足元に火をつけ出した連中だけだ。私はたまたま火のついた木のそばに置かれて巻き添えで燃えてしまう、焚き付けの枝のようなものだ。
 九月の中頃にラディと会った時、私は、彼が心ここにあらずといった風であることに気付いた。暑い日だった。みんな、学校が休校にならないのに不平を言いながら、朝から夜遅くまで呆けたようになっていた。ラディ自身が自分の足元の火に気付いていたのか、私にはわからない。言ってみれば、それは彼の父親の肘掛け椅子の下にでもあったのだ。私はエゴイズムのとりこで、世界は私を中心に回っていた。もうふた月以上もソニャに会っていなかった私は神経過敏になっていた。どんな物も、どんな出来事も、どんな行為も、それが何であれ私は彼女に関連付けて判断するのだった。ラディの言動に関しては尚更だった。私の頭の中は、まるでウイルスに感染して病んでしまい機能停止を起こしたコンピュータだった。ラディの憂鬱を私に対する冷淡さだと翻訳し、周囲と距離を置こうとするラディの接し方を、私を避けようとする態度だと判断し、店へ飲みに行こうとしないのを、私に対する妥協から身を守るための方便だと思っていたのだ。ソニャから私を引き離すこと、そういう企てなのだと。やがて十月の初めに、私がどれほど狭量かということを目の当たりにする日がやって来た。
「君、よかったら」と講義が終わってからラディが私に話しかけてきた。
「夕方頃にキシャへ来ないか。ウイスキーがあるんだ」 [訳註:ここでラディが“Kisha(教会)”と呼んでいるのは、ティラナ大学の裏の人造湖のほとりにあった聖プロコピオス教会(Kisha e Shën Prokopit)と思われる。社会主義時代の「無神国家」宣言で宗教施設は解体、閉鎖、或いは一般店舗に改装されたが、同教会も例外ではなく、当時はバー&レストランとして利用されていた]
それまでに彼は二度も、私の誘いを断っていた。
「悪いけど、たぶん無理だと思うよ」と私は答えた。私が発したその言葉には、言外に不満が込められていた。ラディはそれに気がついていない様子で
「こっちこそごめんよ」と言った。
「でも僕が君に伝えるのを忘れたって、ソニャは思うだろうなあ」
とまるでごくありふれた、まるで大したことのないニュースを伝えるような口ぶりでそう言ってから、ラディは話題を変えた。次のヂョフのコロキウム[訳註:ゼミ、討論会のこと]はいつだったかと私に訊ねてきた。今度のコロキウムは来週だと私は答えた。そして二人は別れた。ラディは大通りを渡り、私は航空会社へ向かう通りの、郊外行きバスの停留所がある方へと足を向けた。胸が高鳴っていた。もう一刻も耐えられなかった。私は引き返し、ゆっくりとした足取りで去っていく彼を見つけると
「そのボトルは」と呼びかけた。
「半分なんかじゃなくて満タンで頼むぜ」
ラディは手を振った。目元に珍しく笑みをたたえている。そして彼は歩いて行った。
 それは彼らとの最後の夜だった。それから三人で会うことはもう二度となかった。そして、ソニャと寝た最後の夜でもあった。もし人間に自分の死ぬ時がわかっていたら、自分で自分の墓穴を掘るだろう。だがラディもソニャも、自分らを待ち受けるものが何なのか、わかっていなかった。そう私は確信している。二人だけは自分らを待ち受けるものが何か知っていたかも知れないが、我々にとって最後の夜だろうとか、ソニャと過ごした最後の夜だろうなどと、この私にどうしてわかっただろうか。我々三人はウイスキーをひと瓶空け、さらにワインとビールもあおった。厨房では我々の為に美味いつまみをこしらえていた。だがソニャのおかげではない。人間というのは残念ながら、美ではなく権力にひれ伏すものなのだ。こうした法則においては、湖のほとりのこの店のウェイターもコックも例外ではなかった。彼らにとってソニャの美貌など知れたものだった。単に美貌のためであるなら、連中は彼女を食い物なしで放ったらかしていただろう。だがラディについてはそうはいかない。何故ならラディには権力があるからだ。そして権力には、女性の美よりもずっと強力な魔法がある。権力は男であれ女であれ万人を惹き寄せる。男たちは倒錯に至るまで、女たちは女性らしさを喪失するまでに魅了されてしまうのだ。明らかだと思えるのは、ウェイターであれコックであれ、その晩、湖のほとりの店にいた誰もが、私の友人を待ち受けるものが何であるか知りもしなかったということだ。私もまた、自分自身を待ち受けるものが何なのか、知りはしなかった。
 やがて成り行き通りにことが運び、時が経つにつれて冬の狂騒の兆しが姿を現してきたと囁かれるのを、私は耳にするようになったが、更に年の瀬になるとその囁きは叫び声と化していた。例を挙げると、新年の祝賀祭、そんな機会には首都の祝祭を彩っている要人たちの肖像の並ぶ中に、気付くとラディの父親の肖像が欠けていた。そんな形の事実について、大多数の人々はそれを認めようとはせず、その話題の肖像なら、何処か他の場所で、他の肖像の中に交じっていたと語るのだった。しかしながら、その欠落の形が事実であったにしても、私はそのことに気付いていなかっただろう。肖像など、私にとって最も関心を引かない類のものだった。新聞も読んでいなかった。例外は、記事の集団講読が義務付けられているような場合だけで、それは重要なものと見做されていたが、私には何が重要なのか全く分からなかった。私が気付いていたのはこの数か月というもの、もっと別のことだった:ラディは書物に対する興味をまるで失ってしまった。以前ならば、自らの生活における絶対的な規範として、ラディは読書にその身を費やしていたのだが、それが私との酒場巡りに身を費やすようになっていた。それは、ソニャが私との関係を全て絶ってしまったのと時期を同じくしていた。ラディとの付き合いで励まされていなければ、私はどうにかなってしまっていただろう。だからこそラディのそうした変化を私はまるで気にしていなかった。ラディの態度を、ソニャを失ったこと故の、自分に対する連帯の姿勢のあらわれだと、私は思い込んでいたのだ。

 その噂を私が最初に知らされたのは自分の町で、自分の父からだった。一月に予定されている残りの学期末試験の準備をしていると、父が私の部屋に入ってきた。父の顔は真っ青で、辛うじて立っているような状態だった。ドアにもたれかかっている父が、そのまま倒れてしまうのではないかと私は思った。すると父が口を開いた。父は不安なことがある度いつもこんな口の利き方をするのだ。父の話によれば、二、三日前、ラディの父親が敵であると名指しされ、刑務所に送られたという。何故どうしてそうなったのか、誰にもわからなかった。ラディの父親と共に、有名、無名を問わず一連の人物たちがその職務を解かれた。彼らも逮捕される見込みだという。その話を、私は超人的な集中力でどうにか理解したが、父の方はすっかり取り乱していた。父は部屋の中をあちらへこちらへと歩き回り、嘆き声をあげ、悪態をつき、正気を保とうともしていなかった。父は恐怖の余り死にそうだったのだ。ラディは何度も自分たちのところへ来ていたし、父は私が有力者の息子と親交があることを事有る毎に吹聴していたのに、それが今ではすっかり震え上がってしまい[訳註:原語me lepurin në barkは「腹に兎を抱えて」]どうしたらいいかも分からなくなっていた。
「俺たちはもうおしまいだ」父はつぶやいた。
「思った通りだ。何だってお前はあんな連中と付き合おうなんて思ったんだ?この有り様じゃまだ足りないっていうのか。ああ何てこった、お前は俺に何てことをしてくれた[訳註:原文では「俺に石を持って挑んだ」]んだ? 」
 嘆き続ける父をそのままに、私は部屋を出た。そこに留まっていたら殴られそうだった。出てはみたが、何処へ行ったらいいか分からなかった。頭が破裂しそうだった。凍えるような一月の日だった。人気のまばらな路上と葉の落ちた樹々と共に、町はいつもと変わらぬ日暮れの訪れを待っていた。首都の何処かで起こったことが、この町にとって何だというのだろう?肖像に誰がいるだの誰がいないだので、この町が頭を悩ませることもない。肖像にいるだのいないだのといった話などもうたくさんだ。そんなことよりこの町にはバーで起こる乱闘騒ぎの方がよっぽど深刻だ。そこでは何の躊躇もなくナイフが持ち出されているのだから。肖像にいるだのいないだのといった話は、時にジョーク[訳註:原語barsoletëは英語のjokeやhumourやwitに相当するアルバニア語]のネタになるぐらいだ。更に進んだ連中ならしまいには「くたばっちまえ!」[訳註:原文は「やつら頭を喰らってしまえ!」]と言うだろう。そんな肖像の、いなくなった者たちであろうが、いる者たちであろうが、連中はそんなこと知りもしない。肖像たちはこの町にとっては、完全なる無関心の中にあり続けるのだ。
 その日は川のせせらぎが静かに聞こえていた。おそらくそれは、この町を死の静寂が覆い尽くしていたからだろう。刺すような風が吹いて来て、我が身を震わせた。その時、私は自分の父が言ったことの本当の意味に気がついたのだ。父によれば、その事件が起きたのは二、三日前のことだという。冷たい汗が私の額に噴き出した。十分後、私は郵便局の、誰かが交換手と言い争っている、薄汚い局内にいた。電話機に硬貨を投げ入れ、番号を回した。ラディは自室に電話を持っていた。しばらくそうしていたが、そのうち不意に、向こうには誰も電話を取る者がいないのだと気が付いた。私は受話器を戻した。自動電話機が排泄物のように硬貨を吐き出した。五分経って同じことを繰り返した。夜八時になって郵便局の人の出入りがピークを迎えた頃には、もう十五回ほどは繰り返していたに違いない。それでも、誰も電話に出てこなかった。[訳註:90年代初めの時点でもアルバニアの一般家庭に電話は殆どなく、電話をかけるには郵便局で交換手を経由するか、併設された「自動電話(automatiku)」のボックスを利用するのが一般的だった]
 私は自宅に戻った。父は自らの恐怖心を母の方に向けていた。私を待ち受ける二人の心は冷え切っていて、私がマンションに足を踏み入れると、母は眼を真っ赤にしていた。そこに渦巻く怒りは私に向けられていた。私は大声を上げ、自分のことなど放っておいてくれと言いたかった。しかしそうはせず、廊下に立ち私に対して何かを待ち構えている両親を尻目に、自分の部屋へと入った。それで二人は、焦って私に何を言ったところで無駄だと理解せざるを得なかった。私はベッドに身を投げたが、すぐさま起き上がった。まるでバネ仕掛けのように。部屋を飛び出すと、両親はまだ廊下に立っていた。そのまま薄暗い階段を駆け降りる私の耳に、戻って来いと叫ぶ両親の声が小さく聞こえた。
 外に出ると、自分の耳鳴りが川のせせらぎのせいなのか、頭の中がガンガンするせいなのかわからなかった。バスに乗って[訳註:ティラナの]航空会社の近くまで行き、そこからその勢いのまま、ソニャのマンションまで辿り着いた。薄明りのともる階段のところで、女の声がした。私が階段を上がっていくと、その女が降りてきて、ソニャはここにいない、たぶん父親のところにいるだろうと囁いた。私が引き返そうとすると、その女は姿を消した。「俺はどうかしているな」そう思った。「とうとう幻覚まで見え始めた」ソニャは家にいなかった。殆ど気ちがいじみた執着心でベルを鳴らし続けたが、誰も出てこなかった。
 もう何時になっていたかもわからない。どれほどの間、階段の突き当たりのところに座り込んでいたのかもわからない。夜の冷え込みが身体の芯まで沁み通って、ソニャのマンションの階段の突き当りに張り付いたまま眠り込んでしまうのではないかという恐怖で立ち上がるのだった。しかしソニャは家に戻ってこなかった。私に話しかけてきた声は幻覚ではなかったようだ。それ以上は待っていられず、私は北地区の方へと足を向けた。そこから一、二キロほど先の場所にソニャの両親が住んでいた。道は人影も少なかった。私は自分自身の足音が響くのを耳にしながら歩いた。自分でも何をしようとしているのか分からなかった。今になると、あの場を立ち去らない方がよかったのではないかと思う。人間というものがこれほど下らないとは思っていなかった。まるでゼロのようだ、これほど弱いとは。ソニャの両親が住むアパートのある通りに着いた時、そう感じたのだ。下らない、弱い、ゼロだ。
 通りの方を振り向くと、遠くに車が見えた。車のライトは下の方に向けられたままで、まるで空から探索をしているようだった。たぶんそれで私も注意を引かれたのだろう。そのライトには、何かしら普通ではないものがあった。私は歩みを落とした。光の近くに影が見えた。それから何か小声で囁くのが聞こえた。複数の人間が音もなく、行ったり来たりしている。やがて歩道に姿を現したのは警官だった。傍らの車はスコーダの大型トラック[訳註:Škodaはチェコの自動車メーカー]で、荷台には覆いがかけられ、トレーラーを引いている。私の目にはそれが霧の中のようにぼんやりと見えていた。寒さのせいではない。その夜の寒さは犬のように噛みついてくるものだったが、私の見ている光景が、霧の中のようだったのだ。「あれは、彼らの身柄を拘束しに来たのだ」私はそう思った。膝元がふらついた。自己防衛の本能が、私を今いるその場所に縛り付けていた。道路は闇に沈んでいる。ネオン灯は壊れていて、家々の明かりはすっかり消えていた。何処かの窓のカーテンが微妙に動いて、それで住民たちがこっそり外の様子を見つめているのがわかった。私は会話が聞こえるところまで近付いた。するとそこにソニャがいた。腕には息子を抱いている。ソニャのすぐ後ろにソニャの父親がいた。そこから少し離れて母親もいた。荷物を抱えた人たちが階段を出たり入ったりして、それらの荷物をトレーラーに積み込んでいた。荷台はいっぱいになっていた。私が見た時、ソニャは道路の向かい側の歩道にいた。あとほんの一歩踏み出せば、彼女のそばに辿り着けただろう。私は掌を噛みしめていた。血が出るほどに噛みしめていた。ソニャは私のすぐそばにいて、それでいて私には暗闇の中から歩み出る勇気が無かった。私は身を隠したままだった。まるでモグラのように。その時、平服の男が一人、トレーラーの前に姿を現すと、ソニャの方へ近付いた。あいつだ、あの閣僚の息子だ。ソニャが振り返った。自分のいる場所からは誰にも自分の姿は隠れて見えないという確信がなかったならば、私は、ソニャが私の方を見たと思ってしまっただろう。ソニャは目を泳がせ、まるでその男の灰色の視線を避けようと虚しい努力をするがごとく、虚空へと目を遣った。だから私は頭を両手で覆い隠した。そしてそのまま壁に向かって頭を叩きつけそうになった。ソニャが何と返事をしたのか、私にはこれっぽっちも聞こえてこなかった。私が抱えていた頭を上げてみると、人々が荷台に乗せられ始めていた。その人々の中にソニャもいた。ほどなくしてトラックは出発した。窓越しに、何軒かのカーテンが揺れた。「失せろお前たち」私はそう叫びたくなった。「この世の中どいつもこいつも糞ったれ[訳註:原語bajgëは「家畜の糞」]ばかりだ。俺も、お前らも。俺たちみんな糞ったれだ。俺たちなんて、糞みたいに裏切られるのがお似合いなんだ」
 私が町に戻ったのは、夜も明ける頃だった。夜はバスも眠っていたので、私は道路を歩き通してきた。ソニャの、あの虚空へと向けられた虚ろな視線が、ナイフのように私に突き刺さって抜けないままだった。たぶんそれが理由だろうが、私は他のどんな痛みにも鈍感になってしまっていた。私は死んだように眠った。そして目が覚めてみると、世界はあらゆる色を失っていた。残ったのは闇の中へと沈んでいく感覚だけで、その後に起こった全てのことを、私はまるで気にかけることもなくやり過ごしたのだ。
 それからは、大したことは起こらなかった。起こったのはただ予期した通りのこと、物事の筋道通りの出来事だけだった。試験にも身が入らず、もはや本を手に取る気もなく、自ら幻想をむさぼることにも意義を感じなくなっていた。予期していなかったことと言えば、人間の堕落の底知れなさがあらわになったことだ。最初にそれに気が付いたのは講義の時だった。誰一人として私に近寄らず、私の隣に座ろうともしなかった。私は群衆が本能に導かれるままに獣に戻っていく様を見ながら、不純な満足感を覚えていた。獣に人間がどうして腹を立てる必要などあるだろう、それは相手にするまでもないことだ。実際、私が静かに待っていたのはもっと別のことで、それは時をおかずして起こった。翌日の講義の時、クラス担任があからさまに嫌そうな、まるで両手に何か不潔なものでも抱え込んだような顔で、私に学部の秘書のところへ行くようにと言いに来た。私はその通りにした。秘書室には、秘書ただ一人がいるだけだった。背の高い女性で、眼鏡をかけ、綺麗な脚をしていて、女子学生全員の嫉妬の的になっていた。明らかに彼女が置かれていたのは厄介な立場だった。そんな彼女を元気づけようと、私が口元に笑みを浮かべると、彼女は顔を赤らめた。まるで少女のように。その振る舞いも、その声も、彼女には少女のようなところがあった。
「あなたもご存知でしょうけれど」彼女は切り出した。
「すみません、何でよりにもよって私があなたと話すことになったのかわからないんですけど、だってこんなの私の仕事じゃありませんからね。とにかく、私からあなたに伝えるように言われたから申し上げますが、本日をもってあなたは授業を受けられなくなりました。理由は、あなたの経歴上、あなたが本学で学業を続けるのは不可能であるとすべき若干の点が明らかになったからです。私からこのような辛いお知らせをお伝えしなければならないのは残念なことです、こんなことは私の職務の内ではないのですが。これが本当に大変なことはよくわかりますし、本当に、あなたには心から同情申し上げます・・・」
 あなたこそ天使だ、と私は言いたくなった。あなたのいるべき場所はこのような恥ずべき職場ではない、それはどこか遠くの、天国だ、と。あなたこそ天国のセイレーンである、そう言いたかった。だが私の口元はそんなことを言うような形状にはならなかった。せいぜい感謝の念を目で伝えたぐらいだろう。その点については自分でもよく分からない。その秘書がメガネ越しに他人の視線を読み取れるような状況だったのか、それも私には分からない。そして私が、シニシズムともとれるような冷静さで、その通知をきちんと受け入れるには、書面の形で、署名捺印したものが必要であり、さもなければ自分が学業を中断する理由が分からない、と伝えたところ、彼女は戸惑いを見せた。
「それは勿論」彼女は口ごもりながら言った。
「あなたの権利です」
 私は秘書室を出ると講義に戻った。私の行動など徒労であり、何もかも決着がついていた。だが私は無残にも、親愛なる人物を二人も失ってしまっていたのだ。それも跡形も残さずに。あの二人にはそれこそ何の罪もなかった。そして私が幾度となく思い返すのは、あの雪の誕生日、父と子の会話、父親が招待客とその人数にこだわっていたことだった。
「ラディは父親の命令に従わなかったのだ」そう考えながら私は、講義をしている教師の夢遊病者のような動きを目で追っていた。
「招かれた者であれ、招かれざる者であれ、みな心穏やかではない。みなこう言うだろう。『おい見ろよ、あのくたびれきったツラ、俺たちに何をしようっていうんだ?ヤツの首を刎ねて、一族郎党ともどもくたばらせてやる[訳註:原文は「土を喰わせてやる」の意味]!』と。そしてその日から首切りが始まった。まずは序列に従って一族の長からだ。雄鶏の首からだ。だが一族の雄鶏にまだ首がついているのだろうか?どうも俺には首などついていない気がする」
そこまで考えて私は身を震わせた。誰かに肩をつかまれたのだ。それはクラス担任だった。彼は、まるでその手に汚らわしいものでも触れたような、嫌そうな顔だった。「ヂョフの部屋に行ってくれ」と彼は小声で言った。「今すぐにだ」その時、私は自分が首を刎ねられる具体的な感覚をおぼえた。
 ヂョフは何の前置きもなしに私を迎えた。彼がまだ話し出さないうちから、その話が私には多かれ少なかれ見当のつくものであったし、ヂョフのいるべき場所は、毎日きちんと清掃され電熱暖房の効いたこの部屋ではないと、彼に向かって言ってしまいそうだった。彼の居場所は何処か地獄の第七層あたりではないかと。一方そんな私に一瞥をくれるでもなく、ヂョフは次のような声明を読み上げた。
「貴殿があくまで書面によるものをお望みであるなら、それを得ることは甚だ容易なことである。しかしながら我々にとってはそうではない。我々は書面によってはこれを提供しない。かようなものは貴殿の知人の執務室において交付され得るであろう。すなわち党員取調官という名の人物であり、貴殿が不服であるというなら、誠に遺憾ながら、その党員取調官のところへ赴くべきである。そちらで書面での説明が行われるであろう・・・」
 ヂョフの口調は断固たるものだった。事態打開の可能性は望むべくもなかった。私は全身を小刻みに震わせながら部屋を出た。ヂョフの言葉の下に隠れた真意が深く突き刺さり、手の震えをどうすることも出来なかった。私は勢いよく外へ飛び出した。まるで追い出された犬のように。まるで石をぶつけられた犬のように。まるで道端の雑種犬のように。

1991年3月
 足元の吐瀉物を見ていたら、またしても胃の腑にこみ上げて来た。筋肉の痙攣のような収縮に見舞われて、私は松の幹に頭をぶつけた。私には、胃から分泌される粘液が、代用コーヒーとコニャックも混ざってせり上がる、その苦味の他に何も出すものがないのだ。
「失せろ、馬鹿野郎め」私はかすむ目で繰り返した。「誰をかくまっている?愚か者め、お前が守るものは積み重なった土の中だ。悲劇のスフィンクスよ、お前は誰をかくまっている?その土の中にあるのは、ほんの一握りの骨ばかりだ。だのに俺もお前もここに残されたままだ。この世の終わりが来る日までお互いを痛めつけるために。お前は愚か者で、俺は敗北者だ。馬鹿め、お前と俺と、どちらが幸運に恵まれてこの世をおさらばできるんだ?お前の運命を俺は見ている、もう何年も前から見ている。だがお前は、その血走った眼で、俺の運命を見ることができているのか?失せろ!お前の打ち捨てられた邸宅に踏み込もうと考える者などいるものか。お前は中に入って寝てしまえ。それで夢でも何でも見ているがいい。昨夜、夢で彼女を見た。彼女が波の間を歩いて行くのを見た。まるで婚礼のドレスのような白いドレスを着ていた。要するに彼女は花嫁のように着飾っていたのだが、俺には彼女が子供のようにも、花嫁のようにも見えた。彼女が脱出する人々と共に去っていく中で、俺は叫び声を上げた。馬鹿め、こんな夢に一体何の意味があるのか、どうしてよりにもよって昨夜だったのか?!」
「馬鹿は返事もしないんだな」私は思った。そしてやっとの思いで松の幹から身を引き離した。太陽が辛うじて、薄汚れた空の中に裂け目を見出していた。そこから光が放たれている。目がくらんで、歩道で足元がふらついた。ヂョダはまだあの場所で、鉄柵の向こうで、鉄棒を手にしたまま椅子に腰掛けていた。目の前にアルセン・ミャルティの軽食屋があった。店のドアは開いていた。それまでずっと閉まっていたのに、その時は突然にも開いていた。これはつまり、恐ろしいまでに泣き出したいほどの激情から救われるための手段があるということだ。飲まなければ泣いてしまっただろう。だから一直線にアルセン・ミャルティの軽食屋に入って行った。猫の肉でもいいからチョフテを頼もう。その日の私は飲まずにいられなかったのだ、薄汚れた空の下で。もっとも私には、ヂョダのこととは関係なく、彼女が脱出する人々の中にいないのだということがわかっていた。彼女は冷たい土の中にいるのだ、一握りの骨の塊の姿になって。
「俺もお前も、ここに残された両方とも死に喰われてしまうがいいさ。アルセンの糞を喰らって、アルセンの小便を飲んでやろうじゃないか」 そんな、これといった悪意もなく言葉にしてみたものが、店の入口に立った自分の耳の中に鳴り響いた。煙草の煙がチョフテの煙とないまぜになって鼻を突いた。
「そうだとも」やけに自慢げな店の主人の顔を目の前にして私は思った。
「残された俺たちには、それ以外に何も食えるものはないし、飲めるものもないんだから」
 塩と胡椒をまぶしたチョフテを紙切れに包んだものと、大きめのグラスに注いだラキを手に、私は店内の一角に、身体の片側を寄せるようにして腰を下ろした。チョフテをまる呑みにし、ラキをゆっくりと流し込んだ。これがコニャックだったらひと息で飲み干していただろう。それほど私はのどが渇いてヒリヒリしていた。グラスを手に取り、ぐっと咽喉に流し込んでしまいたいほどに。ちょうど運転手が、熱くなった車のエンジンに水を浴びせるのと同じようにだ。それを我慢して私は、ごく一口ずつ、ちびりちびりと続けていた。それこそがラキで渇きを癒す、只一つのやり方だったのだ。それは惨めな思いを振り切るためでもあった。言ってみれば、ふと思い立ってグラスを取り、やけに自慢げな元守衛の顔の前でラキをあおってみせるということだ。私からすれば、ラキの中身の方こそが、噂に聞こえたチョフテの中身よりもずっと胡散臭いものだった。それでも、その焼けつくような液体を、必須の作法で以て、つまりゆっくり、ちびりちびりと飲みながら、私が自分の低劣な思いを口にする代わりに、大きめのグラスになみなみと、もう一杯を所望すれば、その注文は遅滞なく満たされるのだ。
 そうしてどれほどの間、我々の間の、つまり私とアルセン・ミャルティとの間のやりとりが続いたかは定かでない。私が外に出た時、空は低く垂れこめて薄暗く、川の向こうの丘の辺りで何かがチカチカと光ると、濡れた大粒の雫を顔に感じた。私は空へと顔を向けた。広場には人気が無かった。市内バスが停まったが、誰も降りてこない。広場と同じく空っぽだった。私は一人、広場の真ん中に立ったまま、バスがのろのろと走り去るのを見ていた。町は厚い雲に包まれて、死の眠りを続けていた。私は数歩だけ進んだ。膝を支えているのがやっとだった。酒に酔っただけで、ここまで膝がもたなくなるものだろうか。目指すことは一つしかなかった:家に辿り着くんだ、どんなことがあっても・・・

11
「家に辿り着くんだ」そう私は思っていた。
「どんなことがあっても」
 さっき走り去ったバスからは、自分以外の誰も降りてこなかった。広場には人気が無く、空は低く垂れこめ、二月の空は冷たく、薄汚れていた。まるでヂョフの表情のように、敵対的だった。私はまだヂョフの脅迫じみた権力の下にあった。「貴殿があくまで書面によるものをお望みであるなら・・・当然ながら私は書面によるものなど何も求めてはいなかった。私は灰色の眼の男のところへ行くことになっただろう。そして話を聞くや、あの灰色の眼の男は嬉々として、顧客たちを拷問にかけるのだ。私は灰色の眼の男の顧客にはなりたくなかった[訳註:ここでの「顧客」とは、秘密警察に尋問される人物を指す婉曲な表現。書面による正式な退学処分が出された場合、むしろ当局に目をつけられる危険があったという意味]。学部のゼウスと対峙した様を両親に詳しく話して聞かせると、両親も私と同意見だった。母は髪をかき乱し、父はキッチンをうろうろし始めた。この時、危機を打開したのは父の方だった。それもごく単純な方法で。父は幾度かキッチンを行ったり来たりしていたが、やがて立ち止まると、母にこう言ったのだ。
「泣くんじゃない。誰も死んでないじゃないか。俺たちはちょっと運が悪かっただけさ。お前も」と言って父は私の方を見た。
「もう気にするな。やるだけのことはやったんだ。これからどうするかを考えろ。いつもみたいに引きこもっていたら病気になってしまうぞ。つまりだな、こういうことだ。お前が好きなだけぶらぶらしてたって、俺たちは構わないってことだよ」
そう言って父はキッチンへ行くと、三人分のコーヒーを淹れてくれた。奇妙なことに、父は一言として不安を口にしなかった。だが私の方はと言えば、身体の髄まで不安に襲われていた。それを認めることを恥ずかしいとは思わない。親友が姿を消し、ヂョフの牙に脅かされることに私は震え上がっていたのだ。もし灰色の眼の男の爪にかかってしまったら、私の身にどんなことが待ち構えているのだろうかと。父が勧めてくれたこともあったが、恐らくはむしろ不安のせいで、私はセメント工場に行き、仕事を見つけた。そこは採石場だった。灰色の眼の男は、私のことを憶えていなかった。仕事を始めると、灰色の眼の男が自分を忘れてしまったことがよくわかった。その工場こそ地上の地獄だった。私は地獄に行きついてしまったのだ。それも、灰色の眼の男の差し金もないままに。人事担当の部署では、特に何も要求されなかった。私に関する情報は出揃っていた。私には国外逃亡した叔父がいる。加えて、某人物の息子と付き合いがあった。それだけで、私の近くに居合わせた連中を身震いさせるには充分だった。大学から追放されたことからして、私のような角の生えた悪魔には、町のセメント工場という地上の地獄こそが相応しいのだ。セメントよりも大量の粉塵が発生する、この場所こそが。
 悪魔は他の悪魔のことを知らない。採石場には五人の悪魔がいて、私を含めると六人だが、まるで家族のような私を迎えてくれた。三人がジプシーで、二人がガヂョ[訳註:非ロマに対するロマからの呼称]だった。私がやって来たことで、勢力の均衡がはかられたわけだ。私が着くのと同時にスコーダのトラックが、石灰岩を積んだトレーラーを引いてやって来た。それから荷下ろし、そして石の粉砕となったが、これが私に関する紹介状の代わりとなった。その紹介が済んだ時、私の気分はへとへとだった。端の方に座っている他の連中を見ながら私は黙って食事にかかったが、こんな風に働き続けたら自分は一週間で死ぬだろうなと思った。だが死ななかった。一週間しても、一か月しても、四か月しても死ななかった。だがもう四か月ほど働き続けたとしたら、死んでいただろう。もっとも、砕石仲間の悪魔たちは初日の時点で採石場の歴史を語ってくれていて、他の粉塵製造工場も同様、誰ひとり死んだ例など聞いたことがないという話だったのだが。そんなことは議論するまでもないだろうと私は抗弁したい気持ちになった。工場は地獄で、地獄には罪深き死者たちがその罪を償うために送られる、そして我々は死せる罪人であり、未来永劫その罪を問われるのだ。私はそのことを言わなかった。怖かったからではない、ごくありふれた人間として、彼らはその意味を理解しなかったからだ。彼らは罪人であり、そして罪人である彼らは既に死者であった。私は、彼らに死んでいることを思い出させたくなかったのだ。彼らは自分たちが一旦は死に、一旦は地獄へ送られながら、今では復活したと思っているのだから。彼らの中の三人は、二人がジプシーで一人がガヂョだったが、窃盗の罪で、それぞれ異なる期間投獄されていた。いわゆる通常犯だった。どうやら彼らは自分たちが地獄を経て後、煉獄に来ているのだと思っていたらしい[訳註:煉獄(purgator 羅purgatorium)はカトリックの教義に於いて、天国へ至る前に死者が浄罪の為の苦罰を受ける場]、天国の可能性に希望をつないで。その天国をどう表現するかということになると、一つも話に上らなかったのだが。彼らは砕石場において誉れ高き悪魔の徒党、楽観主義的な悪魔の徒党を組んでおり、モラルを絶えず掲げていた。いま私は徒党と呼んだ。このグループは五人、私を含めて六人の貧民から成っていたが、よく見ればその中には三つの徒党があった。第一に、楽観主義の通常犯たち。第二に、これを構成するのはたった一人だったが、三十代ぐらいのジプシーの男で、かつては市内バスの車掌をしていて、乱闘騒ぎのために執行猶予付き一年の刑に処せられていた。第三は、これもまたたった一人から成っていた。それは五十歳ぐらいの男で、煽動罪で十年の刑を受け、釈放されて後、二年ほど前からここで働いていた。私も見てすぐに気付いたことだが、荷下ろしをし、機械で石を砕いてしまうと、楽観主義者たちは自分たちの場所に陣取り、元切符売りも自分の場所に陣取り、そしてその政治犯も自分自身の場所を陣取っていた。そこで、私はどの徒党に属すればいいのか?という問題が生じた。だが問題の解決はそれほどの困難を伴うものではなかった:私はどれにも加わらなかったのだ。楽観主義者たちなら、その親しげな微笑で以て私を歓迎してくれたかも知れない。しかし彼らの短所は、やたら何にでも馴れ馴れしくしてくる[訳註:原語は「手を絡ませる」]ところで、そこが私の気に喰わなかったから、彼らの微笑には自分も微笑で返しておいた。元車掌の方はすすんで他人を寄せ付けようとはせず、自分を他より一段上に見ているところがあった。楽観主義者たちとも、当然のことながら親しくしようとはしなかった。彼からすればその連中は内通者の類だったのだ。政治犯に対しては、いやもう、まるで関わろうとしなかった。その元車掌にとっては、乱闘で執行猶予付きで一年くらう方が受け入れようのある罪であり、動機としても男らしいと言えるものだったようだ。厄介なのは、私がそういうタイプの人間が好きではなかったということだ。大喰らいで、日に何度も食べていて、どうも我々他の者たちに対して、元バス車掌としての彼自身の蓄えを見せつけているかのようだった。残るは政治犯だ。共に働いた四か月間、彼について分かったことは殆どない。寡黙で暗くて、やたらタバコをふかしていた。何とか彼との会話に持ち込もうと努めたが、空振りに終わった。いつもあっさりとしていて私を寄せ付けようとせず、うんざりしたような表情で、まるで自分を放っておいて欲しいとでも言いたげだった。最後の最後には、私も私自身による私の徒党を作り上げた。六人の中に四つの徒党があったわけだ。それは罪人たちの徒党だった。死せる罪人たちの。
 平日は、採石場近くの小屋に集合するところから始まった。トラックが来るのは八時以降が常だったため、我々はトウモロコシくずを燃やしたストーブを囲んで暖をとり時間をつぶしていた。楽観主義者たちは大声で猥談に花を咲かせていた。何ともしようがなかった、彼ら三人は若くて体力もあって、誰もこの連中に歯向かおうとはしなかった。そんな場面で元車掌はというと、鬱憤を晴らそうとでもするように、鞄に首を突っ込み、食べることに没頭していた。楽観主義者たちが大声を上げ騒ぐほどに貪り食っていたのがこの男だ。政治犯の方は、やたらにタバコを吸っていただけでなく、ひどく寒さに敏感で、殆ど焦げそうなほどストーブに近付いていた。その表情は相変わらず陰鬱なままだった。楽観主義者たちが嬌声を上げるたびにその表情は嘲るように歪んだが、それを見て私は、彼がその場から、やかましい連中の咽喉元に飛びかかろうとしているように感じた。そんなことは起こらなかったが。彼はため息をつき、ずっと開けっ放しのドアの方を向いて、セメント工場の煙突から立ち上る分厚い煙を見つめているのだった。彼が息を吐くと、煙の奔流で、真っ黒な泉が湧き出ているような姿になった。立ち上る奔流はその場所から谷底へと、スカーフのように広がった。煙のスカーフはゆっくりと、均一に下っていく。まるで真っ黒なスカーフだった。楽観主義者たちは猥談を続け、元車掌は口をくちゃくちゃさせ、政治犯は陰鬱な顔のままだった。私はそんな彼らを小屋の一角から眺めていた。そして私は、ソニャの髪に巻かれたスカーフを思い出していた。そしてまた、ソニャが黒いスカーフをしているのを思い浮かべた。それは埃だらけの真っ黒なスカーフ。地獄の粉塵と煙。彼女は何処にいる?何処かにいる。彼女も、そしてラディもだ。何処かへ消えてしまった。希望はない。これからずっと。二人は私から遠く離れてしまった。私も二人から離れてしまった。消え失せて、私は小屋の中、六人と四つの徒党と一緒にいる。ではあの二人は何処へ消え失せた?
 不意に、道路の向こうからスコーダの音が聞こえて来ると、ドアのところに姿を現したのは我らがゼウス、すなわち六人と四つの徒党にとっての神だった。それは守衛のY・Zで、オリュンポスにいるゼウスその神以上の雷鳴をとどろかせるのだった。だが我々にとってはオリュンポスのゼウスなど問題ではない。我々には、我々を統括し、管理し、月に二回、我々の名が載った給与の支払い明細を更新する小ゼウスがいた。我々の名の傍らには象徴的な金額があり、そこに我々は象徴的なサインをするのだった。
 トラックの音がすることと、小ゼウスが小屋の入口に姿を現すことは、まるで実験室のような規則正しさで同時に行われた。その正確さに私は、いつだったか学校の授業で、犬を用いた実験の話を聞いた時のことを思い出した。授業のテーマは条件反射と無条件反射で、実験は次のように行われた[訳註:以下、要するに「パヴロフの犬」の話]。ベルを鳴らし、それを合図として、犬に餌を与える。餌が現れると、それがきっかけとなって唾液が分泌される。やがてはベルが鳴るだけで、犬の口内に唾液が溢れるようになる。我々の場合は、トラックの音さえすれば立ち上がる。つまり、その音がすれば、小ゼウスがドアのところに姿を現し、我々は立ち上がって、石灰岩のかたまりを一トンまた一トンと砕いていくわけだ。小ゼウスが現れると徒党は解消され、六人の悪魔は家畜の軛に繋がれ、一つに束ねられる。統一された動きで以て、石を砕くこの家畜たちは、トレーラーとスコーダのトラックによじ登り、石のかたまりを地面に降ろし、砕きにかかった。無言のまま、ぜいぜい息を切らし、はあはあ息をつき、六人分の汗を流し、六人分の異なる汗の匂いを発し、そこに石ぼこりやセメントや木炭が混じって、六人の身体中の毛穴を塞ぐのだった。
 砕石が済むと、小ゼウスは姿を消して、六人はばらばらになる。再び徒党が結成される。どの徒党も自分たちの場所に陣取くと、ひと息ついて汗をぬぐい、身体を拭き、自然の欲求をその場で解放した。トイレまで行かなかったのは、そこが首を突っ込んだだけで悪臭で死んでしまいそうな場所だったからだ。それから、楽観主義者たちは大声で猥談に興じ始め、元車掌は貪欲に食事にかかり、政治犯は陰鬱な表情を変えず、そして私はと言うと、黒い煙のスカーフを眺めながら、自分の友人たちのことを考えるのだった。そしてまた不意にトラックの轟音が聞こえてきて、そしてまた不意にドアのところに小ゼウスが姿を現し、そして・・・毎日が全てこんな調子で、実験室のような規則正しさと、うんざりさせられるほどの単調さでおぞましいほどに続いた。
 その時になって初めて私の脳裏に、人間にはどんなことがあろうとも、一つの解決策があるのではないかという思いがよぎった。それは人が人間の段階から獣の段階へ移ったと自分で気付いた時に生まれる[訳註:この文の主語は原文では2人称単数で、読者に向けて語られている]。獣の段階に至ると、何の価値もない段階が好ましく思えてくるのだ。獣より、何でもない方がまだましだ。私は獣に戻っていた。肉体的な疲労感が重なると無に返るという発想が実に馴染みのあるものになってくるのだ[訳註:この文も主語は2人称]。昔、シェリフの父は道端のけだものどもを肝臓の切れ端で無に返していた。マクスには私が与えたのは羊の肝臓だった。肝臓の切れ端で無に返るという思いつきは、私の脳裏に痺れるように残った。私はそれが急速に、大きな痛みも無く起こるのをこの目で見ていたのだ。震えと痙攣を起こし、口から泡を吹き、瞼を閉じる。そして永遠の、無。そしておそらくは新たな存在への再生。ラディがいつだったか一晩中、日本の哲学者の理論について語ってくれたことがあるが、名前は憶えていない。その哲学者[訳註:西田幾多郎か鈴木大拙を指していると思われるが、ひょっとすると九鬼周造かも知れない]によれば、死の後にその存在は新たな形態へと繰り返され、魂は別のものへ、例えば樹木へと生まれ変わる。もしかしたら犬へも。もしそうなら、私はきっと道端の犬へと繰り返され、そして再びシェリフの父の肝臓によってくたばってしまうだろう。そんな日本の哲学者の理論を実践で試みる気は、私にはなかった。道端のけだものに生まれ変わるのが怖かったからでは、全くない。私にその気がなかったのは、とどのつまり、そんなものになれるほどの力がなかったからだ。私には気力が欠けていた。せめて日本人であればどうにかなっただろう。彼らはハラキリで自分の腸を引っ張り出すことなど何とも思っていないのだから。私には日本人に由来するものなど何もない。総じて言えば、私はそんな理論も信じていないのだ。そしてもしそんなものを信じていないなら、恐怖で、何千倍もの恐怖で、身動きひとつ出来ず、未知なるものを恐れるだろう。恐らく、私がその日本の哲学者の理論を行うことができなかったのは、たまたまそうであったからに過ぎない。
 四月の晴れた或る日のことだった。私は一晩中眠れなかった。いつもなら明け方に少し眠るのだがそれも出来なかった。何も考えず着替えて家を出た。寒くも暖かくもなかった。身体が感じていなかったのか、それとも、外部の刺激を分析して暖かいか寒いか判断できるような状態でなくなっていたのか。わかっていたのは、その日が日曜日で、四月の晴れた日だということだった。川の流れを見ながら歩く私は、魚は水の中で凍えたりしないのだろうか、というただ一つの考えに倦みつかれていた。もし凍えているのだとしたら、どうやって冬をやり過ごしているのだろう?
「魚たちは泳ぎ方を知っている」私は考えた。
「だから、泳ぎながら身体を温めるのだ。だが私は泳ぎ方を知らない。もし私が水に落ちたら、泳ぎ方を知らないために、たちまち凍えきってしまうだろう、魚のように温まることができないのだから」
それから私の記憶にソニャがよみがえってきた。
「彼女は泳ぎ方を知っているに違いない」私はひとりごちた。
「彼女なら、きっと知っているはずだ」 私は想像する、例えば、川岸に彼女がいて、彼女の息子が川に落ちたとしよう。もし泳ぎを知らなければ、どうやって息子を助けられるだろう?彼女ならきっと、泳ぎ方を知っている、もっとも私は知らないが。そんな理由もあって、私と彼女の間に川や海にまつわる話題は一度たりとも出て来なかった。
 川は音もなく流れている。水は澄みきっていた。靴を脱がないまま、浅瀬を通って私は向こう岸へと渡った。川岸の一部が霧の中に隠れている。丘陵の一部もだった。私は霧に包まれた丘陵に沿って歩みを進めた。
「それで空が晴れているのか」私は思った。
「霧が下まで降りて来ているんだ」
その丘陵の先で川は環状に延びて、そこには小さな湖沼があった。川の周りにはおびただしい数の湖沼があって、出来上がってはまた壊れていくのだった。出来上がったそれは別なものであり、また一時的なものだった。丘陵の地面と川岸の間でひしめき合い、洪水の時にだけその全体が水の中に沈むのだ。そんな深い湖沼は、大小様々な魚たちのお気に入りの場所だった。釣り好きにとってもお気に入りの場所だった。あちこちからこの場所へ、釣り好き連中がやってくるのだ。町の若者たちは辛抱しきれず、手っ取り早く飴[訳註:原語llokumeはトルコ語でlokum、ギリシアやアルバニアにも見られる四角い飴]で釣りにかかっていた。残されている逸話によると、疑うことを知らない或る少年がいて、魚釣りに飴を使うと聞き、餌の代わりに釣り針に飴をつけたという。それというのも、魚は飴に目がないのだと周りに言われたからだ。しばらくすると、その湖沼では釣り人の姿が見当たらなくなった。余りにも飴を使い過ぎたために魚たちが糖尿病を患ってしまったのだ。水は甘くなり、魚たちは具合を悪くし、姿を消してしまった。
「だから奴らは能無しということか」私は考えた。 [訳註:原語でも「頭が無い(s’kanë tru)」]
人々は魚たちを不当にも非難し、空しくも「魚頭」[訳註:原語の通り(trupeshk)。日本語で言うところの「鳥頭」]と蔑み嘲笑う。だがもしも魚に口がきけたなら、きっと互いを「人頭」と嘲り合うことだろう[訳註:これも原語の通り(trunjeri)]。彼らの場合、人間以上にイカれた頭は持っているはずもない。人間の頭の、その馬鹿さ加減は、川魚たちのあの高潔な頭脳においては、想像できようはずもないのだ。
 私は霧の帯から抜け出した。丘陵の地面が見えた。地面と川岸の間に湖沼があった。眠っているような静けさだった。私は反対方向へと踵を返した。視線を上の方に遣ると、丘陵の切り立った斜面が湖沼の水面に延びている。そこは、怖いもの知らずな少年たちが飛び込む場所だった。夏であれば、当然のことながら、岸辺は人で溢れ返る。今は立ち入る者もない。私だけ一人、寒くもなければ暖かくもない、晴れ渡った四月の日曜日に、そこで何をするか確たるものもないまま、ぐっしょり湿った靴で、その峻厳な突端へと向かっていた。それでも足だけはその作業を続けていた。足だけが、自らの作業を知っていたのだ。そんな粘り強い動きも終わりに近付く頃には、まるでスポーツ中継での語り口の如く、飛ぶような動きに変わっていた。私は鳥でもないし、飛ぶための翼もないのだから、その動きは自由落下へと、下へ向かっての自由な飛翔となっただろう。湖沼の水が跳ね、魚たちは慌てふためいただろう。魚がいればの話だが。そして私は泳ぎ方を知らなかった。それでも足は自らの作業を続けた。やがて私は、自分が向かおうとしていた場所へと出た。
 まず私は湖沼の水面を見た。そして戸惑った。これ以上動けないのであれば、私は落ちてしまったのだろう。その動きは意識せざるもので、私は笑ってしまった。自分が高所恐怖症を患っているのだとわかった。高いところに来ると意識の混乱を引き起こして、身体が適応できなくなるのだ。笑ってしまったのは、自分に日本人から受け継いだ血などないからだ。それなのに足だけが自分の作業を知っていた。私は再び足に身を任せた。そして歩みを進め、やがて切り立った縁へと辿り着いた。またも意識が乱れた。下では、湖沼の静かな水面が揺れている。その揺れに合わせて、私も揺れ動いた。あと一歩進めば充分で、羽毛のように軽く、虚空に留まれるような感覚がした。自分が飛べるような、そして自分の自由落下もまた、綿の詰まったクッションの上のようにふんわりとできるような感覚がしたのだ。そんな飛翔への願望と非願望との狭間で、急に私は、川岸の砂地の辺りでこちらを見ている人々の視線に気付いた。その時私は、落下の恐怖という言葉の意味を完全に理解した。私は動かなかった。もし動いたら、真っ逆さまに落ちていただろう。向こうは私の方を見ていた。私も相手を見ていた。後にヴィルマが話してくれたことだが、彼女は私を見るや、私が飛ぶつもりでいることがあからさまにわかったので悲鳴を上げたそうだ。
「あなたが崖のところに座り込んだ時は、ほっとしたわ。私が悲鳴を上げたから、父にこの馬鹿めって言われたけど。でも私が叫んだのは、あなただってわかったからなのよ。それから、あなたが落ちるんじゃないかって思ったの。父は冗談を言ってたけどね、あなたが頭を冷やしに出ただけなんだって」
 私もヴィルマだと気付いていた。お互いの道がそこで交わったことは、神の意志でのみ為せる巡り合いだったのではないか。私は飛べなかったけれども、それは運命の巡り合いだった。私は崖のところに座り込んで、両手で顔を覆ってすすり泣いた。どうして泣いているのか自分でもわからなかった。この巡り合いが何をもたらすか、私には予見することも出来なかった。もしも私が予言者だったなら、川の向こう側にいる二人を見ただけで、飛び立っていただろう。永遠に向かって。無に向かって。だが私は予言者ではない。私には運命を予言する力もない。二人を見た時、私がすすり泣いたのは恐らく、その二人がいることによって、飛び立とうとする思いつきがその神通力を失ってしまったからだろう。彼らは魚を釣りに来ていた。それは青い目のヴィルマと、そして気ちがいヂョダだったが、その頃の彼はまるっきり狂ってはいなかった。私はただ泣いていた。これから何が我々の身に起こるのか知りもせずに。私は、予言者ではなかった。

12
 人間は家畜の状態にさえも慣れてしまうものだ。それもた易く慣れてしまう。けだし、人間は極めて適応力のある存在なのだ。あの四月の晴れた日に自由に飛んでいこうとして挫折して以後、私にとっては何もかもが、まるで魔法のように単純なものとなった。ただ一つの目的は、存在し続けることだった、どんな形であれ、どんな条件の下であれ。自分自身の劣等感を見つめる為に存在すること。特権ある人々の嘲笑を感じる為に存在すること。それこそ、幸運に恵まれて、国外逃亡した叔父もおらず、某氏の息子などと親交を結んだこともない人々のことだ。存在するが為に存在すること。そんな場合には、ひと切れのパンさえあれば、人が神に一日七回祈りを捧げるには充分だ。私は神に祈らない、神を信じてもいない。私は、我らが作業現場の守衛、四つの徒党を組む六人の悪魔を配下に置く、かの小ゼウスに祈りを捧げるのだ。悪魔や徒党のあるところでは、たとえその悪魔たちが平和的であっても、その徒党が寛大であっても、存在していくのは難しい。そして結局のところ、悪魔たちは大して平和的でもなく、徒党もさほど寛大なものではなかった。毎日のように、普遍的な広がりを持つ些事の為に、いさかいが起きた。程無くすると、楽観主義者たちは私に照準を定めた。彼らが私に照準を定めたのはもっともなことだった。私が元大学生だったからだ。どうやら私の言動に関して、何ごとかを耳にし、話題にしていたようだ。恐らく、ああいう連中の直観によるものだろうが、私が元切符売りや政治犯に比べればまだ軽い方の犠牲者だということを嗅ぎつけたのだろう。いずれにしても彼らは、説明し難い憎悪を抱きながら、私に照準を定めていた。都会育ちの連中だったから、自分たちの方が上だと思っていたようだが、彼らは私がこの町の生まれだということを忘れていた。この町の男子は、それがたとえ元大学生であっても、いろいろ弱点があり得るものだ、ただし拳とナイフでは負けなかったが。自尊心ゆえに、私は子供時代にも友人に助けを求めようとしなかった。そんな旧友の多くは職もなく路上にたたずんだまま、腕っぷしにものを言わせ、ナイフや鉄製の飾り物を身に着け、都会育ちの連中に町ででかい顔をさせないようにしていた。私はそんな旧友らのところへは行かなかった。そんなところへは行こうともしなかった。そんなことをしたら笑いものになりそうだったし、そんな彼らの頭目にファグが、あの子供時代のファグがいまだ居座っていたということもある。大量の水が川に流れていた。私と彼は町の中で出くわした。二人とも、互いをじろじろと見た。そして二人とも、お互いに何も変わっていないと感じた。二人とも、昔と同じままの関係だった。ファグのところの若い連中に助けを求める前に、私はむしろあの小ゼウス、守衛のY・Zに助けを求めた。彼なら、拳を用いずともあの情熱屋どもをどうにかしてくれる立場にあったからだ。彼がただ一言、あの連中の現場での作業を6カ月延ばすと言えばそれで充分だった。小ゼウスはこの町の出身だった。小ゼウスは彼自身の力を知っていた。彼が私を救ってくれた。だから私は小ゼウスに祈りを捧げたのだ。
 楽観主義者たちとの対立は、予見すらしていなかった事態を引き起こした。小ゼウスにそれを止める力はなかったし、私も同様だった。その事態が起こったのは、私たちの居場所に突如リンダが現れた時からだった。ジプシーのエルメリンダ、私の童貞を奪った女だ。リンダは我々の現場から五十メートルと離れていない、セメント工場の製粉機のところで二年ほど前から働いていた。彼女と出くわしたのは、私が現場に顔を出した初日のことだった。彼女は微笑んで、私に目くばせしてきた。それ以外のことは何もなかった。私に話しかけてくることはなく、まるで見知らぬ人物のようだった。そんな彼女の態度に私は何の印象も抱かなかった、私には別の不安があったのだ。後になって、その当時リンダは同じ班の技師と付き合っていたらしい。その技師はひどく嫉妬深い男だったが、それはリンダに対してであって、彼自身の妻に対してではなかった。それでリンダも常に誤解を避けようとしていたが、その馬鹿男は大した理由もなくリンダを殴るのだった。私もまた、リンダと付き合っていたころには馴染みのなかった、繊細な問題が理解できるようになっていた。彼女のただ一人残された母親もジプシーで、父親は白人だった。それは誰にもよく知られていることだったそうだ。コンクリート工場の工場長で、リンダが生まれた頃はクレーン技師だった。それは彼女の混じりけのないチョコレート色の肌を見ればわかる。そんな情報を、私は情報センターでもある楽観主義者たちから聞き知った。そのやりとりの中で、リンダの名前は頻繁に漏れ聞こえて来た。もっとも、楽観主義者たちの連中も、リンダには近寄ろうとしなかった。彼女の班の技師にからまれかねなかったからだ。ああいった類の連中は、家畜の嗅覚で危険を察知していた。連中は、背を丸め縮こまるべきは何時か、歯を食いしばるべきは何時かを察知していたのである。ごく稀に、彼らが隠れてこっそりとリンダに言葉をかけることもあった。だがリンダの方は振り向こうともしなければ、言葉を返そうともしなかった。
 だからそのリンダが私のところへ来た時、私はすっかり困惑してしまった。五月の中旬で、ひと足早めの暑い日、ドゥラスの浜辺は人で溢れていると言われていた頃のことだ。石の塊を幾つか砕き終えて、六本足の家畜たち[訳註:6人が流れ作業している様子を表したもの]は解散し、めいめい自分たちの隅の居場所で、車が来るのを待っていた。リンダがごくありふれた様子で小屋の入口に姿を現した。そして、まるでもう何百万回もそうしてきたかのような素振りで、顔をのぞかせた。元切符売りは弁当袋を手にしたまま固まってしまい、政治犯は指の間にタバコを挟んだまま、そして楽観主義者たちは他の連中以上に呆気にとられていた。リンダははっきりこう言った。
「サリ、ちょっと出てきてちょうだい」
ここで私をサリと呼ぶ者など誰もいなかった。誰もが私の名前を省略せずに呼んでいたのだから。楽観主義者の連中が私をからかおうとする時も、セスィと呼んでいた。サリと私を呼んでいたのは二人しかいない、ソニャとラディだ。[訳註:既出だが主人公セサル・ルミ(Thesar Lumi)の愛称はサリ(Sari)。なおセスィ(Thesi)は名前の前半に由来する呼び方だが、これは普通名詞「袋(thes)」と同形で、或る種の悪口になっていると思われる]
そんな言葉を発するや、その意味を理解する時間も残さないまま、リンダは姿を消した。
 彼女は、三十歩ほど離れた、陽の当たる場所で私を待っていた。その全身はセメントの粉まみれだった。作業帽のせいで、見えるのは彼女の顔の一部だけだった。厚織りの作業着が全てを覆い隠している。リンダが私に語った内容は、まるで電報のようだった。彼女はこう言ったのだ。
「今夜八時、いつもの所で」
そして彼女は歩き去った。私は太陽の下に立ち尽くしていた。彼女の腰の動きを見つめながら、立ち去る姿を目で追っていた。作業帽と作業着を身につけていたので、その見慣れない姿はまるで粉まみれのかかしのようだった。そのかかしがつい今しがた、目をぎらぎらと光らせながら私にかじりついてきたのだ。そのかかしの下に隠れているものを、私は知っていた。彼女は、まるで前の晩に愛し合ったかのように、私を誘ってきたのだ。私は憂鬱に襲われた。彼女は、私が来るであろうことに何の疑問も抱いていないようだった。私は小屋へ戻った。楽観主義者たちが棘のようなものを数本投げてきたが、私は何も言わなかった。そこへ運のいいことに、石を積んだ車が到着し、小ゼウスが入口に姿を現したので、我々は慌てて立ち上がり、六本足の家畜に、鞭で追い立てる必要のない従順な六本足の家畜に戻り、小ゼウスはその六本足に石を砕かせるのだった。私の耳の中では、リンダがはっきりと口にした、しかしその意図をまるで計りかねる「サリ」の呼び名が鳴り響いていた。もっとも私にしたところで、六本足の一部となって、意味を探し求めていたのだ。自分の存在の意味を。
「あなたをサリって呼んだのは親しみのしるしよ、他の人にも誤解されないし」
私がどうしてそんな略し方で呼んだのかと訊ねた時、リンダはそう答えた。他の呼び方ではなく、よりにもよってサリを使った理由を私がしつこく知りたがると、リンダは笑った。
「他の呼び方ってセスでしょ」彼女はそう念押しした。「セスなんて呼んだら、何だかイチャイチャしてるみたいじゃない?」
もっともな説明だった。楽観主義者たちがこっそりその辺にいたならば、リンダに満点をつけただろう。私とリンダはその寒い晩、寒いとこそ言わなかったが、いっそう身を寄せ合っていた。リンダは薄着だった。リンダは私を背中から抱き締めた。温めるために。そうおそらくは、私を温めるために。リンダは熱かったが、私は氷のように冷え切っていた。その私の冷たさを、リンダは全く思いもよらない風に解釈した。
「あいつには」自分の胸を押し当てながらリンダはそう囁いた。
「あいつのことなんか一度だって好きじゃなかった、あなた以外に愛した人なんていない。あいつと出かけてたのだって、遅番は避けるためよ。遅番がどんなものだか、あなた経験したことないでしょ。私はもう一年間も出ていないわ。でも今はそうじゃない。だって、あなたが帰ってきてくれたから、遅番のことなんかどうだっていいの」
 リンダはブラウスのボタンを外した。子供じみたナイーヴさで彼女が不安がっていたのは、私があの班のいかれた技師のことを気にしているのではないかということだった。だが私が彼女と会うために外へ出たのは単に、他の人達に気を取られる暇がないようにするためだ。リンダは何でもないようなことでひどく心を奪われていたが、そんな技師の話など私は興味がなかった。それでもリンダは焦燥に身を焦がしそうなほど、そのことにこだわっていた。私はリンダに申し訳ない気持ちになった。彼女の頭を抱き、自分の方に向かせると激しく口づけした。リンダは狂ったように私に身をにじり寄せた。彼女の肉体から強い香水の匂いが立ちのぼったが、彼女が身をくねらせたその刹那、ソニャの姿が私の脳裏をよぎった。リンダが身をくねらせ、ソニャが身をよじらせる。リンダが喘ぎ、ソニャが身を震わせる。私は絶望に駆られてリンダのブラウスを脱がせた。彼女の熱く燃える両胸が、氷のように冷たい私の唇に押し当てられた。私は冷え切っていた、氷のように・・・そして私は恐怖におののいた。そして羞恥を覚えた。そして罪悪感を覚えた。もう私は何一つ愛せなくなっていた。欲しなかったからではない。私の冷たさには名前があったのだ。リンダにはその意味がわかっただろうか?
 リンダは私を燃え上がらせようと努力を重ね、冷えきった私を手でこすり続けた。だが急に手を離した、まるで氷にではなく、赤く焼けた鉄に触れでもしたように。彼女は暗闇の中、私をじっと見つめた。その瞳はまるで猫のように輝いていた。そして視線を逸らした。月明かりの下で、彼女が涙を流しているのが見えた。リンダには何も理解できていなかった。彼女はただ、私の冷たさの意味がわからず泣いていたのだ。彼女は私が自分のことを愛していないと思っていた。彼女にはわからなかったのだ、私が彼女を欲していた、だがそれができないということを。ようやく彼女は我に返り、深呼吸して落ち着きを取り戻した。寒さが彼女を引き戻した。ブラウスを身に着け、ボタンを留めている内に、リンダは自分の価値を思い出した。彼女はすぐには立ち去らなかった。すぐには言葉も発しなかった。やがて
「インポ野郎」
と怒気を含んだ声でそう言い捨てると、その場を立ち去った。私は暗闇の中でじっとしていた。リンダにはその言葉の意味がわかっていたのだ。
 翌日、楽観主義者たちは朝っぱらから攻撃的なユーモアを仕掛けてきた。私とリンダの間に何があったか知っていたとしたら、連中のユーモアも違ったものになっていただろう。もっとも、私がリンダと会っていたことなど、この連中にわかるはずもなかった。俗物のけだものたちが突っかかってこようとするのは単に、前日リンダが私を訪ねてやってきたことで、彼らの平静さが損なわれたからに他ならないのだ。
 だが私の方のユーモアとて、決して平和的なものではなかった。彼らが私をしつこく焚き付けるのも遂に頂点に達した。その日こそ、自分の勘定を清算するにはまさに好機であるように思われた。しばらく前から私はナイフを、チェーン付きでズボンの片方のポケットにしのばせていた。それは一人のジプシーから買ったもので、楽観主義者たちが私をこれ以上挑発してくる時のことを考えてのものだった。それは綺麗なナイフで、バヨネット[訳註:原語bajoneteはフランス語baïonnette(銃剣)に相当]の鋭い輝きを放っていた。私がそれを使わなかったのは、使うのをためらっていたからではない。私が使わなかったのは、使うに至らなかったまでのことだ。我々の決闘は電撃的だった。連中のリーダー格は二十五歳ぐらいで、私より少し背が低かったが、トラックを待っていた時、不意に仲間たちの方を向くと鼻をひくひくさせ、匂いを嗅ぐようなしぐさをして、小馬鹿にするようにこう言った。
「この辺りは臭うなあ、糞の詰まった袋でもあるみたいだ。お前ら我慢できないよなあ、この糞袋は?」
間髪入れず、私はリーダー格に飛びかかると不意打ちの一撃を喰らわせた。そして相手に隙を与えぬまま、まさしく袋のように地に這いつくばらせた。一方、仲間の二人はというと、一人は白人で一人はジプシー[訳註:ジプシー=黒人ではないのだが、こうした表現に自らを欧州人=白人と考えるアルバニア人の、ジプシーに対する差別意識が含まれている]で、どちらも私と同い年ぐらいだったが、すぐさま私に向かってきた。憶えているのは、自分たちがまるで戸外で闘いながら舞い飛んでいるようだったことだ。そして憶えているのは、そのジプシーが鼻を血だらけにして地面に横たわっていたことと、頭に傷を負い、砕けた小石が自分の周りに転がっていたことぐらいだった。
 後になって知ったのだが、そのジプシーの男はナイフを取り出していて、そのナイフは、その場に居合わせた全員が目にしていたそうだ。それにもう一つ、私は鉄棒で殴られて倒れてしまったらしい。幸運なことに、私のナイフはズボンのポケットにしのばせたままで、誰の目にも触れなかった。私を治療した看護師も同様だった。元車掌と政治犯は私にとって有利な証言をしてくれた。あの楽観主義者たちのためにも、二人はうまく立ち回った。裁判沙汰には結局ならなかった。私が療養のための休暇を終えて戻ってくると、楽観主義者たちは既に作業場から姿を消していた。小ゼウスは彼らを袋詰め工場へ飛ばしたが、彼らは彼らで喜んで移っていったらしい。とどのつまり、連中は数か月の刑務所送りになりそうなところを免れたわけだが、もっともリーダー格の男はと言えば、先に喧嘩を仕掛けたのは私の方だとしつこく抗弁していたらしい。二週間の休暇を終えて私が仕事場に戻った日、小ゼウスが私に、頭は痛いかと訊いてきた。もう頭は痛くないと私は答えた。すると小ゼウスはしゃがみ込み、手の甲で私のズボンのポケットをポンポンと叩いて
「こんなもの、お前には必要ないだろう」と言った。
「あいつらはな、お前がナイフを持っていることを知ってたんだぞ。お前がナイフを持っていて、先に仕掛けてきたのもお前だとあいつらが言ってきた時、そうだろうなと俺も思ったよ。お前がナイフを入れてる場所も、あの連中が教えてくれたんだ。だがしかし、ナイフを持つ者をナイフは見出す[訳註:武器を出す者が結局武器で返り討ちに遭う、という意味のアルバニア語の諺]ってことだな」
 それでも、小ゼウスの王国に留まっていた間、私がナイフを出すことはなかった。ただ、そのナイフをもう一方の腰のポケットに移しただけだった。どうやら運命は再び私に手を差し伸べてくれたらしい。そして私はそれを受け入れた。そんな自分の運命が不実な怪物であるかもしれないという考えは、その時まだ起こらなかった。私は運命が何度も自分に手を伸ばしてくれるとは思ってもいなかったし、遠からず運命はその圧倒的なこぶしで私を引き戻すことになるのだ。悲惨な人間は奇跡めいたことを信じたがる。運命が私に手を差し伸べたなら、私はナイフを閃かせただろう。自分の身に待ち受けることを知っていたなら、その伸ばした手を血まみれにしてやっただろう、そう血まみれに・・・

(13へつづく)


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