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ファトス・コンゴリ 『敗北者』

1991年3月
 誰にもいつかはこの世のつけを清算する日が来る。円環は閉じられ、もはや過去を反芻する意味もない。その人生が他人にとって価値あるものでなくなった時は尚更だ。だったら何がしたいのだと諸君は訊ねるだろう。
 何もない。ただ語りたいだけだ。
 二か月前、機械工で二人の子持ちでもある我が友ドリアン・カンベリは、或る朝フェリー「パルティザン」号に乗り、家族と共に海を越えていった。もし最後の瞬間に心変わりしていなかったなら、私もたぶん今頃はイタリアという名の夢の国か、さもなくばヨーロッパのどこかその辺りの難民キャンプで、同国人の群衆の中に居合わせたことだろう。だが互いにひしめき合っていた最後の瞬間、私はドリアンに船を降りると告げたのだ。ドリアンはどうも私の言ったことに全く気付いていなかったようだ。我々の住む町からここへ来るまでの流浪の旅路からすれば、私が口にした言葉は不条理なものに聞こえただろう。もし友人でなく誰か別の者がそれを聞いていたら、私は海に放り込まれていただろう。しかしドリアンは沈黙したまま、私をうつろな目で見ているだけだった。その時私が感じたのは、さっきからずっと肩車をしていたドリアンの幼い息子の、垂らした小便の湿ったぬくもりだった。
 私のためらいは誰の目にも明らかだった。その時の私の声も表情も、自分で言ったこととは逆のことを物語っていた。ドリアンがほんの少し努力して私を思い直させていたなら、それだけで私は、自分でもわけがわからないような馬鹿げた思いつきを振り捨てることができただろう。そこには、いわゆる路傍の石ころへの憧憬[訳註;要するにホームシック]などこれっぽっちも含まれていなかった。私は何も感じていなかったし、私の心の中はドリアンの瞳よりもずっとうつろだった。そんな彼は、私を引き留めようとしなかった。だから私は船を降りた。首筋はドリアンの息子の小便で湿ったままだった。それから船着き場のへりに突っ立ったまま、去りゆく人々の最後の一団が先を争って船へ乗り込むのを眺めていた。船が動き出し人々の顔も見分けがつかなくなった頃、咽喉にせり上がるものを感じた私は、両手で頭を抱えてむせび泣いた。長く、重く、むせび泣いた。もう何年も自分が泣いていなかったことが実感できなかった。私の心は乾ききっていて、涙に震えるようなことなどこの世にはないと、ずっと前から思っていたのだ。通りすがりの誰かが私の肩を叩いて、「大丈夫、午後にはまた別の船が出るから」と声をかけてきた。
 暗がりの中、私は町に戻った。出発した時と同じく、私が戻ってきたことは誰の目にもとまらなかった。ドリアン・カンベリ一家の逃避行は、翌日には知れ渡っていた。それに関する話題はそれほど長く続かなかった。誹謗する者もあれば、称賛する者も、羨望を隠さない者もあった。その事件の噂を聞いていた私は、まるで自分が泥棒で、自分が加わった窃盗について、その場に留まり他の仲間の愚行を聞かされているような気分だった。四十年の独身人生で、私は初めて自分自身の中に秘密を抱え込んだ。たぶんその秘密は町の誰にも気付かれていなかっただろう。私がこんな話をしようと思いつきさえしなければ、誰も気付くことはなかっただろう。私が船に乗りに出かけて、みんなの目の前から足跡も残さず消え去ろうとしたことには、町の誰も驚くまい。しかし、船に乗ろうと出向いたのに突然降りてしまったことには、いや、それは誰も信じないだろう。ドリアンにしたって、彼がもし私の言葉を聞いていたとしても私が本当に船を降りたとは思うまい。むしろ、怠惰な私のことを、家族よりもずっと足手まといだと思っていたのではないだろうか。だからこそ、私を引き留めようとは努めてしなかったのだ。
 ともあれ、私は町に残り、翌日には墓地へ足を運んでいた。ははあ、誰か昔のいい人の墓を離れたくなかったのか、何がしかの郷愁か、と諸君は思われるだろう。残念ながら、それは事実ではない。昔の人の墓も、郷愁も、私は大事だと思っている。そういう観念を実体化させ、まるで地球の重力のごとく一つの力に回帰していく人たちが羨ましい。だが私はと言えば、そんな重力の類から切り離され、放り出され、軽蔑の虚空に打ち捨てられたような感覚だった。郷愁に浸ることなど私にとっては靄の向こうの輝きのようなものだ。そのような動機は、私が行かなかったこととも、翌日墓地へ行ったこととも何ひとつ関係ない。私は今まで墓へ足を運んだことなどなかったのだから。誰にとっても、どこからどう見ても、私は過去も現在も、とるに足らない敗北者なのだ。

 町に戻った翌日、空は薄暗く曇っていた。私は去った者たちへの思いにふけっていた。年老いた両親-私は父母とキッチン付ふた間のアパートに住んでいた-は、私が昨日ずっと姿を消していた理由について何も訊ねようとしなかった。私がそんな風に姿を消すのには慣れっこになっていて、どこにいたのかだの何をしていたのかだの数年前から訊きもしなくなっていた。夜になり、私が戻ってさえいれば、二人ともぐっすり眠れるのだった。そうだ、私は去った者たちへの思いにふけっていた。そうして曇り模様の天気に気付いて不安に襲われた。しかし、人体の生物学的な営みは感情の起伏とは無関係に行われる。私は空腹を感じたのだ。服を着替えて部屋から出ると、キッチンで向かい合ってコーヒーを飲んでいる両親をそのままに残し、開けたドアの隙間から「おはよう」とくぐもった声をかけた。
 世の中に私の町ほど埃っぽい一角があるとは思えない。見渡せば至るところ埃だらけだ。アパートのテラスに、低い家々の屋根に、道路に、歩道に、中心部でただ一つの公園の囲いの中の花に、まるでショーウインドウの何層にも重ねたケーキに砂糖をまぶしたように、ずっとそのままだ。埃は、家を一歩出るや髪の毛に降りかかってきて、衣服や鼻の穴に入り込み、肺の中に積もり、どこまでも、それこそバーやレストランから、ベッドの中にまで追いかけてくるのだ。私が十歳ぐらいの頃、町の外を流れる川のほとりの、ジプシーたちの掘っ立て小屋がひしめき合っている場所にセメント工場が建ち-その話を聞いた人たちは前世紀の遺物だと言っていたが-セメントよりも大量のほこりを生産し始めた。年かさの者たちは、その時から町の緩慢な死が始まったことを認めている。 「今頃は海の向こうだっただろうな」歩道を歩きながらそんなことを考えていて、震えが走った。
  3月の薄暗い朝の町の景色は、恐ろしいほど古びて、まるで自分が胸振るわせた昔の恋のように古びて見えた。「運のない奴め」私は自問した。「これはどうしたことだ?」私はバーへと向かっていた。空腹を何とかしようと、まずは軽食屋「リバーサイド」[訳註:「軽食屋」は原語qebaptore(ケバプ屋)]へ入ったが、最近の噂では、そこの店主でセメント工場の元守衛のアルセン・ミャルティは中身の怪しいチョフテ[訳註:挽肉を細長く丸めて焼いた料理]を作っているらしい。初めは行き倒れの牛の肉を使っているという噂だったのが、犬の肉を使っているとか、町の客たちの下痢でそれが判明したとかいう話になったものの、アルセン・ミャルティに力強くとどめを刺すほどの証拠が足りなかったため、客たちは店に行くことをボイコットし、店に来るのは主人のごく近しい常連と、たまたまこの町を通りがかった客だけになっていた。嫉妬深く口さがない連中がどれほど空しく騒ぎ立てても、それはありそうなことだった。その元守衛はひと財産こしらえていて、もし今もそうだとすれば、かの有名なホテル「ダイティ」[訳註:首都ティラナの高級ホテル。現在はない]を買い取ることもできるほど稼いでいるという話だったからだ。
 バーはがらんとしていた。有難いことに、エスプレッソマシーンの向こう、店の奥のところにコニャック「スカンデルベウ」[訳註:アルバニアのコニャックの定番。スカンデルベウは中世アルバニアの歴史的英雄]の瓶が並んでいるのが目に入った。もう長いこと味わっていなかった。私が口を開く前から女給仕は私の求めているものがわかっていた。初めに目の前にコニャックのダブルを差し出し、それからコーヒーを淹れてくれた。片手にカップ、もう一方の手にグラスを持って、私は窓際に場所を移した。そこの、幅が狭く脚の高いテーブルのそばで立ったまま飲むのだ。そして間を置かずコニャックを手に取るとひといきにあおった。むかついて、思わず涙が出そうになった。コニャックがなければ、女給仕の目に浮かんだ嘲笑に恥じ入る気持ちから逃れられそうもなかった。三杯目のダブルをあおると、ようやく気持ちが軽くなった。心が軽くなり、胸の奥を爪でかきむしる獣がおとなしくなると、四杯目のダブルを手にして、ゆっくりちびちびと飲みながら、それまで手をつけていなかったコーヒーにも少しだけ口をつけた。道行く人はまばらで、どんよりと曇ったこんな朝には家から出る気にもなれないし、日曜日だからまだ眠っているか、或いはただ横になったまま、外に出ても面白いことなんか何もないと思いながら天井を眺めているのだろう。その日、町はまるで死の眠りについているようだった。私は公園に行きたいと思った。行ってこう叫びたかった。
『親愛なる市民諸君よ、起きたまえ!みんな行ってしまった、君たちは置き去りだ・・・』
 だが私はその場を動かなかった。ちびちびとコニャックを飲み続け、グラスが空になると五杯目を頼んだ。すると今度は皮膚の下にビロードのような柔らかさを感じた。自分で試してみなければこの感覚は理解できないだろう。世界は平衡状態を取り戻し、理由付けは明瞭になる。心の中で正義が、いや正確には正義感が打ち勝ち、何の複雑さも、と言うより何の不安もなしに、明晰な判断が出来る状態になる。そんな時、墓地へ行こうと思いついたのだ。私は墓地へ行ったことなどなかったが、その時は墓地へ行くことが、しなければならないごく当然の行為に思えた。むしろもっと前にやっておくべき必要な行為のように思えて、自分の人生の中で一度もそこへ行ったことがないことに気付いて驚いたのだった。だが五杯目を飲んでいた時、私は、自分が「きちがいヂョダ」と町で呼ばれている男に出くわすとは思っていなかった。こいつがいると知っていたら行かなかっただろうに。
 ヂョダは、墓地を囲む塀の入り口の扉を通って出てきた。その塀は穴の開いた赤煉瓦で出来ていて、大人ほどの高さがあった。そのせいで、私はヂョダがいることに気付かなかった。でなければそこは避けていただろう。まるで夢の中で悪霊が出てきたように、ヂョダは不意に目の前に現れたのだ。髭は伸び放題、髪は風でぼさぼさだった。ボタンを外した軍用コートの奥に胸毛が見えて、私は一瞬その視線に身をこわばらせた。手には細長い鉄製の棒を持っている。目の前に立ったまま何か考え込むような表情をしていたヂョダは、怒りに満ちたまなざしを私に向けた。その血走った眼を見ながら私は「どんなに狂った人間でも酔っ払いには道を開けるものだ」という話を思い出した。しかし私はそれほど酔っ払いには見えないだろうし、ヂョダにしても、それほど狂っているわけではない。わかっているのは、墓に行くにはヂョダのそばを通り抜けていくしかないということだった。
 やがて身のこわばりが解けると、私はヂョダが襲ってくるのではないかという恐怖を感じた。しかしもし襲ってきたとしても、両手を上げ両肩の間に頭を引っ込ませて防御の姿勢をとりさえすればいい。そう、この校長が怒りをあらわにし、それをぶつけるべき生贄を生徒らの中に見出した、あの時のように。私は格好の生贄だった。だがこの時のヂョダは私に手を上げることも、鉄棒を振り上げることもなかった。悪態をつくことも、憎まれ口を叩くことも、暴言をぶつけてくることもなかった。ただ私にじっと血走った眼を向けたままだったので、私はその視線から顔をそむけたまま、その場を立ち去った。

1
私に対して「救いようのない奴」という称号を使ったのは「きちがいヂョダ」が最初だった。今この時も、あいつがその言葉を私の父に投げつけてきた校長室の光景をまざまざと思い出すことができる。あの時、父はその言葉に同意する埋め合わせとして、私がまさしくこの校長の言う通りの人間だということを私の頭に叩き込もうとでもするように、私にぴしゃりと平手打ちを喰らわした。その校長がどこかへ行って、例えば私が十四歳になったばかりだというのに生まれついての犯罪者だとでも言おうものなら、父はこれまた同意して、私に平手打ちを喰らわしたことだろう。父は穏やかな性根の持ち主だったが、その時の私はむしろ校長よりもずっと父のことを憎んだのだ。
 どういう状況で自分がヂョダに最初の一撃を喰らったのかは憶えていない。理由はこの町でならごくありふれたものだったはずだ。ここでは生徒を殴ることが黙認されていて、親たちが苦情など言ってこないことを教師たちも知っていた。殴り方はいろいろだったが、どれも跡が残らないように用心していた。五年生になるまで私は殴られたことがなかったが、それは単に最初の四年間そういう気性でない教師が私の受け持ちだったというだけの話だった。五年生になって受け持ちの教師たちが変わるとその気性も様変わりしてしまい、ことあるごとに我々は、自分たちの最初の四年間は運が良かったのだということを思い知らされた。それからが不運の始まりだった。
 私は家で殴られたことが一度もなかったが、それはさっきも言ったように、父が温厚な人間だったからだ。事実上の家長は母だったが、母も子に手を上げるような気性の持ち主ではなかった。一方、同級生たちの多くは労働者の子で、家でも学校でもしょっちゅう滅多打ちにされていた。
 今でも、自分自身が殴られるまさにその瞬間の恐怖を思い出すと、咽喉にぐっとつかえるような感じがする。そんな瞬間が来るとは一度たりとも思わなかった。それこそ、私が考えてもいなかったことだった。何故なら、最初の一発を私に喰らわせたのは校長だったのだから。彼は恐ろしい人物だった。暴れん坊の男子たちでさえ震え上がってしまう、唯一人の人物だった。校長が学校の前に姿を現せば、集まった生徒たちを覆う不安が教師たちにも見て取れた。時に、教師らの方が我々子供よりも校長を恐れているように私には思われた。その恐怖というのは、私が思い浮かべるものと多かれ少なかれ似たようなものだった。それはステッキで、あの場所で、校長室で殴られることへの恐怖だった。ただ私はそれまで校長室に入ったことが一度もなかったし、そこに行かされるのではないかという不安を感じたこともなかった。どんな罪を犯した男子が校長室へ呼ばれるか、私にははっきりわかっていたからだ。
 そんな自分が初めて殴られたことは、私にとって心に深い傷を残すものとなった。その原因の見当もつかない以上、それは無駄に殴られたといってもよかっただろう。話によると、原因は一人の女性教師に対して私が騒いだのでその教師が苦情を申し立てたとか、或いは女子のスカートを私がめくったのでその女子が苦情を申し立てたとか、他にも理由はいろいろあったようだが(例えば校長が学校の入り口で訓話を垂れていたのを私が笑ったとか、或いは列から離れていたとか)、単に、今まで校長の鞭を背中に喰らったことのないこの町では数少ない男子の一人であった私に、とうとうその番がまわってきたというだけのことかも知れない。
 両耳からこめかみの辺りをひっつかまれ、その後たびたび味わうことになる校長の平手打ちを数発喰らった私は、涙を流すこともないまま校長室の扉から外へ出ると、一目散に家へ帰り、父にそのことを伝えた。その時の私は、自分の父親こそ地球で一番強い存在で、自分を守ってくれて、どんなことでもたちどころに片付けてしまう存在だと信じて疑わない、そんな年頃だった。だが私の心の傷は、まさにこの時に始まったのだ。その時まで私は自分の父について何も知らなかった。父の本当の姿とはまるで違う風に見ていたのだ。父が示した臆病なへつらいぶりの意味を私がわかるには、せめてもう数年は時間が経っているべきだった。父の態度に私は修復しようのない失望を覚え、そうした態度こそ、父の軟弱な性格によるものに他ならないのだということを理解できなかったのだ。
 次の日、父は私を連れて校長室を訪れた。父があんな態度で屈服すると知っていたら、私は父に何も話さなかっただろう。自分の父があんなにも恐怖に怯える様を目の当たりにするぐらいなら、一日に十回ぶたれてもよかったのだ。そんな父の醜態はその後もたびたび繰り返されることになるのだが、違っているのは、それまで私に決して手を上げることのなかった父が、後にはそうした悪癖を身につけてしまい、「きちがいヂョダ」に呼び出されて学校で私のいたずらを知らされるたび、その実践に熱を上げ始めたことだ。それは私が七年生になり、とうとうヂョダから「救いようのない奴」という称号を与えられ、上述のごとき平手打ちを喰らうようになるまで続いたのだが、どうもその時から私は一生救いようのない人間になってしまったらしい。
 だが、最初の一発を喰らったあの日にもし戻れたとしたら、私はそこで運命的な発見をしたことだろう。すなわち、自分の父は強い人間でないこと、自分の父は臆病者だということ、教師たちやその他、ヂョダの影にさえ怯えて震え上がるような連中と、自分の父が何ら変わらない人間だということを。十二歳、私が五年生の時のことだ。そして三十歳を間近にした今、私は、自分が昨日の午後に三十年分の涙を流したのだと言おう。私は家を出た。そして次の日には、ティラナのホテル「ダイティ」に面した公園のベンチで寝ていた。疲れと空腹と恐怖心で死にそうだった。このナイーヴな絶望感でさえ、次々とやってくる絶望のほんの始まりに過ぎないのだということが、私にはわかっていなかった。そんな絶望の中の一つさえも私は、この増幅された悲劇と共に経験したことはなかった。何故なら、私にとって父はもう死んでいたからだ。それは私にとってもはや修復できないことだった。父に対する私の幻想をヂョダが打ち砕いてしまった以上、私は私のやり方で復讐することに決めたのだ。

 その頃、私とヂョダは同じ、キッチン付きふた間のアパートに住んでいて、今もまだそこに住んでいる。私には五歳年上の姉がいて、今もいる。ただし姉はこの物語には登場しない、もしも私の人生の凡庸さを物語と呼ぶことができるとしたらだが。何といって、私の人生は凡庸なものであり続けてきた。それはかつて何者でもなく、何者にもなり得なかった者の人生であり、首都のどこか近くにある打ち捨てられた町の、打ち捨てられた地区の、匿名性の中に紛れ込んだ匿名の人生なのだから。姉は長いこと家を遠く離れていた。この話の時期、姉は師範学校の寄宿生だったし、その後、北部の学校で教職に就いてからはずっと向こうに住んでいる。
 私が住んでいるアパートは、町の中心部に近いところに建っている。その向かい、公園の反対側の、アスファルトで舗装された広場に面したところにもう一つ別のアパートが建っていて、そこの一階には食料品店や工具店、衣料品店にバーが入っていた。このバーはその辺のアパートや、広場の界隈で名を馳せていた。そこでは個人同士や、敵対するグループ同士の、実にスペクタクルな諍いが巻き起こっていたからだ。それらは町の中では深刻なものとは見なされていなかったが、それというのもたぶん、この町での生活がそうした事件なしでは考えられないものであり、人々にとっては慣れっこで、それこそ後になってテレビの画面で映画を見るのに慣れてしまったのと同じようなことだったからだろう。当時、この町にはテレビというものが存在しなかった。だが事件の類にはこと欠かなかった。住人の多くが、こうした事件の百花繚乱ぶりに決定的な役割を果たしているものは、この埃っぽさに違いないと思っていた。それがアルコールの臭気と一緒になるたび、我が住人達をおかしくさせてしまう。激情的になり、むやみやたらに嫉妬深くなるのだ。これらこそ、住人が平穏に共存できない二大要因だった。それに、住人の多くは総じて腕っぷしの強い労働者ときている。華々しく事件を起こすのに、これ以上の理由が必要だろうか?それでも、そのことが表沙汰になることはなかったが、その分野の社会学者たちは管轄の機関の指示を受けたかも知れないし、そうした機関にこの町の出来事に関する一覧がなかったとも思えない。おそらくそこにはセサル・ルーミなる人物に関する文書も見つけることができるだろう。それがこの私だ。
 今「おそらく」と言った。そういう文書がありそうだと言うことで、自分を多少なりとも重要な存在であるように見せてしまった気もする。私はこれまでもそうだったし、そして今なおそうだが取るに足らない人間であって、だからそういう文書があるのではないかとふと想像してみたところで、自分としては、そうした評価をされるにふさわしい栄誉ある人々に対して何も楯突こうというつもりはない。それでも今ここでは「お前が重要な存在であれそうでない存在であれ、自分に関してそうした文章があり得るからには、お前がこの世に影を落とすに十分な存在だということだ」という言葉を信じてみるのも悪くないだろう。それがそうだとするなら、私は幸せだ。自分がこの世に存在していないように思える今この時、そうでないと考えてくれる人々が他にいたということになるのだから。まさしくそうした人々に私は感謝できるというものだ。
 まあ、自分自身をよく見せる、というか、自分についてそういう文書があったと認めることにしよう。だがそこに何が書かれてあったかはわからないし、きっとこれからも何一つわからないだろう。ただ一つだけ、私にも言えることがある。その文書には、或る面においても、また別の面においても犯罪行為とみなされ得るような、そんな本当の真実は載っていないのだ、と。いやそうだ、そういう行為はその文書には載っていないだろう、何故ならそれを犯した時、私はまだ子供だったのだから。それはあの時、不意に、よくわからない理由で、父が「きちがいヂョダ」に屈服して私の面前で面目を失墜させた時のことだ。その時、私は復讐を決意したのだ。
 ここで、私の物語にヴィルマが現れ、加わることになる。彼女のことはよく憶えている。ヴィルマはもういない。もうずっと前から。

2
 私の頭の中では時期がごちゃごちゃになっていて、幼少期のいつから、ヴィルマが男子にとって夢見ずにはいられないような少女だったのか、はっきり思い出すことができない。そして幼少期のいつから、ヴィルマがこの喧嘩っ早い連中だらけの町における争いの林檎になることを運命付けられたのか、それもはっきり思い出すことができない。それでものろのろと考えるうち、どうにか何層にも積み重なった年月を、霧のヴェールを引き裂くと、その向こう側には幼少期の世界が広がっていて、そして最後には、ヴィルマの姿が私の目の前に現れてくるのだ。ヴィルマのことを知ったのは子供の時だが、私は自分自身がもう男だったような気がしていた。何故ならこの町では、子供たちがすぐに男になってしまうのだから。
 そんなヴィルマのヴェールの向こうが見られるようになると、そこでは彼女が鉄製の柵の後ろにいる。彼女はいつもその柵の後ろに立っていて、そこから路上の通行人たちを眺めているのだった。そして現在、その柵は昔と同じ黒色のままだが、その後ろに通行人たちは、椅子に腰掛け、狂気故の不安気な目をした「きちがいヂョダ」の姿を見ることができる。彼はそこに番犬のようにじっとしている。彼の狂気は、ヴィルマがそこにいると思い込んでいるが故のものであり、彼は来たるべき外敵に備え、鉄の棒で待ち構えていた。この哀れな男は、ヴィルマがもはや手の届かない存在になっていることを認識できていなかった。ヴィルマに関して言えば、彼自身の恐怖の影でもって何かをどうにかできるような状況ではないことも、彼にはわかっていなかったのだ。ヴィルマを守るための方法はいろいろある。だが誰かがヴィルマの髪の毛一本にでも触れようものならば、とばかりに彼が家の周りに百頭もの番犬を配置し、路上では百頭もの犬を従えてヴィルマに付き添わせたとしても、あのファグ以上に、ヴィルマを守ることにはならなかっただろう。
 申し訳ない。頭がどうにかなりそうだ。私はヴィルマのことを話したいのに、思い浮かぶのはファグのことばかり。ヴィルマの、深海のように青く澄んできらきらと輝く瞳を思い出したいのに、目の前に浮かぶのは、怒りをみなぎらせたままの黒い瞳の方なのだ。どうにか分厚い霧のヴェールを切り裂いて、ヴィルマの知的で穏やかな顔を見ようとしても、割り込んでくるのはファグの、いつまで経っても憂鬱そうなあの顔なのだ。私の日々が終わる時まで、この二人の顔は交互に私の前に添え物のように現れてくるのだろう。一方の顔がやって来れば、もう一人の顔もそれに取って代わろうとやって来る。そして夢の中で、そんな二人の顔がオーヴァーラップし、奇怪な像となって私の前に現れる時、それは恐るべき夢魔の刻となる。ヴィルマファグか、いや、ファゴヴィルマか。何もかもが滅茶苦茶で、無色のままだ。何もかもが崩壊し、表情も見えない。死による腐敗でさえも、これ以上に顔を崩すことはできないだろう。ごく稀に、そうした像が立ち現れて眠りの中で私を苦しめる時には、もはやそれを自分から切り離すことはできないのだと気付かされる。私は汗まみれで、心臓が胸を破って飛び出しそうになって目が覚める。そして夢魔に抑えつけられたまま、バーで病んだ一日を過ごすのだ。一杯目のダブルを飲み干すと、何かが動き出す。コニャックは、一種の潤滑剤の役割を果たしているように思われる。それは血管を駆け巡り、脳内に浸みわたり、皮膚の下の錆びついた流れを滑らかにしてくれる。それで何かが動き出す。一杯目の後に、さらに続けて流し込む。するとやっとのことで緩慢な私の解放が始まる。だがそれもあっという間だ。変化は行き詰まる。ヴィルマの口元全体と、固く結んだ唇がほとんど出揃いかけた辺りで、ファグのぞろりとした歯並びが後からくっついて来る。鼻先と、それに目と顔の輪郭も少しだけ入れ替わっている。そうした経験から私は、二杯目を飲めばもう顔の半分ほどは置き変わってしまうことに気付いた。正確に言えば、ファグの顔半分がヴィルマの顔半分を覆い尽くし、それぞれの残り半分がそのまま残るのだ。だから私は先を急ぐ。そんな光景にそれ以上耐えられないからだ。三杯目のダブルをあおると、二つの顔の重なりはほんの僅かなものになり、四杯目のダブルを飲んだ後には、二つの顔は切り離されて別々になっている。私はさらに五杯目を求める。それでファグのぼんやりした横顔は消え失せ、こうして私はようやくヴィルマと二人きりになれるのだ。
 そこにヴィルマがいる、鉄柵の向こうに。あの白いドレスを着て、腰のところにベルトを巻いている。[訳註:「ドレス」の原語fustanはスカート状の下衣、或いは上衣と一体化したワンピース様の女性服]ウェーヴのかかった長い髪は肩から下へと流れ、きらきらと輝いている。ブロンドの髪は陽の光を受けて、遠くから見るとまるで黄金の羊毛のようだ。そのドレスはきっとウェディングドレスの布地から裁断したものに違いない、私はそう感じていた。しかし、私がヂョダに復讐してやろうと頭の中で思い描いていた計画は、ヴィルマを奪って自分の花嫁にしてしまおうということではない。たしかにそんな格好の彼女はまるで花嫁のように見えたのだが。私はヴィルマを、犯罪の対象を追う一人の卑劣漢の目で見つめていた。それがどんな犯罪なのかは後で語ることにするとして、その前に一つの真実、すなわちこの町で私と同世代の男子、十二歳から十三歳の餓鬼どもなら誰もが知っていたあの真実を、まず肯定しておきたいと思う。ヴィルマはファグに選ばれし女だった。彼女は、学校でも特に荒っぽい類の連中が加わっているファグの一派によって、抜かりなく見守られていた。ヴィルマは私と同じ十二歳だったが、ファグは一歳上の十三歳だった。
 周りから思われている彼女自身の立場についてヴィルマがどんな風に考えていたのか、それは私にもわからない。そんなことは一度も考えたことがなかった。それは私が受け入れている一種の慣習であり、我々がもっとずっと小さい頃、ままごと遊びで、男子と女子が夫と妻として接する中で受け入れているのと同じようなものだ。ただ、私自身はと言えば、そういう遊びからは一歩退いていた。あの頃の私にとってそういう遊びは馬鹿げたものだった。女子の集団の中に交じって過ごすことなど沽券に関わると思うような男子からすれば、恥ずかしいことだった。もしファグがそういう下らない遊びを女子とずっと続けていたいと思うのなら、それは彼の問題だ。私に言わせれば、それこそがファグの評判を地に落とすに足る証拠であって、あの喧嘩っ早い連中がどうしておとなしくファグを自分たちの大将として認めているのか、不思議でならなかった。要するに、その限りで、そのやり方で、ヴィルマが私の人生に入り込んでくることなどあり得なかったのだ。そう、あのヂョダに復讐してやろうなどという考えが私の頭の中に浮かびさえしなかったならば。
 あれはことごとく偶然と必然の遊戯でしかなかった、私はしばしばそんな風に考えようとした。だが不幸なことには、我が世代の誰もがそうであるように、私もまた宗教的な感覚を得ないまま成長してしまった。[訳註:アルバニアは1967年から1990年まで、あらゆる宗教が禁止されていた]誰かから聞いたことだが、良き宗教とは慰めを与えるものであり、「かくのごとく記されている」という表現によって魂の平安を見出せるらしい。また良き宗教にあっては、運命は決定されていることが信じられているという。ならば、何ものをも信じないこの私は、何に慰めを得られるというのだろう?私は、この世の悪党どもがどこぞの地獄とやらで、業火に身を焼かれ罪を浄められるなどとは信じていないし、善人どもが天国で償いを受けられるとも信じていない。それでも、何かしらの審判は存在すると信じたいのだ。そんなことを私はぼんやりした理想としてそこに期待し続けてきた。さもなければ、自分自身の存在の果てしない無益さの中にあって、私が人生で頼れるような一本の糸もなくなってしまうだろうから。
 ヂョダへの報復が容易でないことはすぐにわかった。最初はヂョダの家の窓ガラスを割ってやろうと思った。その家は中心部から離れたところにあり、高い鉄製の柵に囲まれていて、そこに草花がびっしりと絡みついていた。柵の前には狭い道路があって、そこからなら窓ガラスを粉々にしてやれそうだった。だのに私がそれを断念したのは、そこは昼間は人通りが多かったため、人目につかずに実行することが不可能だったからだ。
 夜は夜で、私は犬たちが怖くて外へ出られなかった。夜になると町はけだものの群れに席巻された。これとは別に、校長室の机に蛇を潜ませる案を断念した時も同じだった。蛇を確保するのが無理だったからではない。川原にいるジプシーたちに頼めば欲しいだけ見つけてきてくれただろう。そうではなく、校長室に忍び込むのが無理だし、そこの机の引き出しを開けるのはもっと無理だと判断したからだ。そんなことを三度もやろうと試みて中絶に終わった。だからもっと、別の方法を見つけなければならないと考えた。そして私はそれを見つけ出した。
 それが頭に浮かんだのは偶然だった。或る日、校舎の前にファグの一味が集まっていた。そこで見た光景は実にありふれたものだった。ファグが川原の一画に住み着いた少年の一人を殴っていて、ファグの手下どもはそれを遠巻きにして眺めているのだった。遠くでその光景を他の少年たちが黙って見つめている。全てが沈黙の中で行われていた。一言も発さずジプシーの少年はファグの殴打に耐えていた。そのうちファグは気が済んだのか殴るのをやめたが、最後に少年の尻に蹴りを一発喰らわしておくのを忘れなかった。誰かがそのジプシーを助けるだろうなどとは考えもしなかった。小柄でかさかさに痩せ細っていて、川原に住んでいる子供の中では珍しくきちんと学校に通っていた。シェリフという名で、五年A組だった。ちなみに私はC組だったが。彼について知っていることは他にもあって、すぐ後で述べるが、それが非常に重要なのだった。彼の父親もジプシーで背が低く、息子と同様に干からびていて、その年の折々の時期に野犬駆除に駆り出されていた。この父親の存在がなければ、危険な動物に町全体が駆除されていただろうと言われていた。その野犬狩りには、毒を盛って殺した牛の肝臓を切り刻んで使うのだが、これが実によく効く毒だったのだ。
 ベルが鳴り、長い休憩時間が終わった。校舎の裏から人影が消えた。シェリフだけが校舎の隅に残っていた。何と声をかけたものか、慰めるべきか、ファグの悪口でも言ってやるべきか、私にはわからなかった。で結局ファグの悪口を言った。あいつは鼻持ちならない、冷酷な男だと。その時聞かされたことは今でも頭を離れない。ファグがシェリフを殴ったのは、前の日に教室でシェリフがヴィルマの気に障って、それをヴィルマがファグに言いつけたからだったのだ。
「けだものだ、けだものの娘だぜ、あの女は」
どれもけだものだ。あのヴィルマの、殺し屋みたいな父親も、ヴィルマ本人も、そして、そんなはなたれ娘にひざまずき手先となり下がったあの歩道も。私はシェリフを自分の共犯者に仕立てるのに、さほどの負い目を感じなかった。

 このゲームには、前例のない偽善が伴った。
 私は偽善だと言う。あの頃の私はこの語の意味を知らなかった。だがあの年齢の時から、偽善は私の血の中に注ぎ込まれたような気がする。もし誰かが私にその言葉がどういう意味なのか説明してくれていたら、きっと私はあんな風にならなかっただろう。だが誰も説明してくれなかった。学校では一年生の時から始まっていたが、我々は道徳教育の授業を受けていた。偽善について、誰か教師が自分たちに話してくれたかどうか、私には思い出せない。憶えているのは別のことだ。教師たちはヂョダがいない時には違う態度をとり、いる時にはまた違う態度をとった。教師たちはしばしば校長にへつらい、我々の目の前で校長に嘘をついた。それでも我々は何も感じなかった。あのヂョダについて我々は怖れもし、嫌ってもいたが、こうした点では、ヂョダも他の教師たちと変わらなかった。学校への視察が来る時、彼の態度が普段と違って丁寧で優しくなることにも私は気がついていた。彼は嘘をつき、視察担当者にへつらっていた。それは、他の教師たちが彼に嘘をつきへつらう様とまるでそっくりだった。それで何もかもうまく運ぶのだ。我々は、自分たちがこの世で一番幸福な子供たちだと信じて成長した。我々が教わった歌の中でそう言われていたからだ。
 だがそれでも、私は、自分たちが本当にこの世で一番幸福な子供なのだろうかと疑うだけの理性は持ち合わせていた。他の連中はどうだか知らないが、私が家に帰るとしばしば両親の間に険悪な空気が流れている光景を目にして、そのたび震え上がったものだ。誤解のないように書いておくが、私の父は不品行の類とは無縁の人物だったし、アルコールもタバコも知らなかった。私が思うに、父は女たちのお気に召すような相手ではなかったのだろう。おまけに母は常に父を支配していた。父はエコノミストで簿記係長、一方の母は洋裁士だった。二人は私がいる時には争わないようにしていることを、私は知っていた。だがいつもうまくいくわけではなかった。喧嘩のきっかけの大半が些細なことだったから、私はびっくりしたものだ。同級生と私がそんな些細なことで争うことなどなかっただろう。ともあれ、暗雲が広がり、非難と反論の言葉がぶつかり合った。先に根負けするのは父の方だった。それに続いてフンと鼻を鳴らし、争う相手を失った母もまた鉾を収める。すると部屋中を押しつぶすような静寂の中に、父の「こん畜生め」というつぶやきが聞こえるのだ。[訳註:原文は「犬の生活だ」(ç’jetë qeni)と言っている]それで私は理解したのだ、学校で習った歌のように、この世で一番幸福に生きている人など、いるはずもないのだということを。だが同時に、自分の父が言ったように、犬のように暮らしている人もいないのだということを。そう理解はしても、また別のことでかき乱され、再び謎めいたパズルに戻ってしまう。それは私の両親の役者じみた才能と関わっていた。表現するのが難しいが、これは本当だ。私の両親はまさに役者だった。
 我々のアパートにフルスィウという男が住んでいた。もう死んでしまったが。背の低い男で、私の家へよくやって来ていた。とにかく途方もなく飲み食いする男で、その場から動かないままラキを一瓶空けてしまうほどだったのを憶えている。両親の話しぶりのせいもあって、私の中ではフルスィウといえば、最初の時に両親に取り押さえられて窓から外に放り出されるという顚末しか頭に浮かばなかった。父がそう話しているのを聞いたからだ。そんな楽しそうな場面を-私は信じていた。父が窓からフルスィウを放り投げたのだろう、その男の倍ほどもある体躯で、と-残念ながら私は一度も見ることがなかった。それどころか、父がフルスィウの首根っこを摑むのを待ち望んでいたのに、そのフルスィウがドアのところに姿を現すや、父も、そして母さえも口元に笑みを浮かべたのだ。フルスィウはラキでぐでんぐでんになり、気が済んだ頃に帰っていった。そしてフルスィウが立ち去ったその瞬間、両親の顔から微笑みの仮面が脱ぎ捨てられた。父は両手をポケットに突っ込み、不機嫌そうに足早に部屋を出て行った。母は沈黙していた。要するにフルスィウは、そういう唾棄すべき人間だったのだ。そんな彼が我が家族にとっては守護天使だった。彼の助けがなければ姉は師範学校に入れなかっただろうし、私とてその後、大学に入る機会を手に入れることはできなかっただろう。だがそういった事柄を当時の私は知らなかった。自分たちの一つ上の階に住む隣人であるフルスィウこそこの町のナンバーワンだということを、私は知らなかった。そして私は知らなかった、この守護天使を招くために両親が、未来永劫続く特別税を支払っていたということを。それは自分たちの尊厳を貶めることだった。他にも知らなかったことはいろいろあるが、それは後の人生で一つ一つ教えられることになる。 [訳註;「特別税」の原語haraçはトルコ語で、オスマン帝政下の非ムスリムに軍役の代替として課された人頭税]
 あの当時、大いなるディレンマの中で私の頭の中に生まれたのは、シンプルにして居心地の良い解決策だった。ひとことで言えば、順応するのだ。誰もが役者であり、教師であり、親であり、誰もが仮面をつけたり外したりしていた。そして私もまた、大人たちと同じように自分用のマスクを用意しなければならなかったのだ。それは、私の頭の中のパズルに対する最終解答でもあった。自分たちがこの世で一番幸福な子供たちなのかそうでないのかというディレンマについては、独創的といえる解答を見出していた。我々はそうであるしそうでないのだ、と。この町の犬どものやることと同じだ。私からすれば、あのけだものどもが幸せであるわけがない。入り込んだ先々で足蹴を喰らい、シェリフの親父が肝臓肉に毒を盛っているなど夢にも思わない。だがしかし家飼いの犬はといえば-普通は一戸建ての家を持つ人たちが犬を飼っていた-それはまさしく愛玩犬であり、幸運な種族であったに違いない。ヴィルマもそうした愛玩犬を一匹飼っていた。白く縮れた毛並みの小犬だった。
 ヴィルマはヂョダの瞳の輝きであり、小犬はヴィルマの瞳の輝きだった。私はヴィルマの小犬を毒殺することにした。

3
 ヴィルマの白い小犬を毒殺したのは、復讐のためだ。あの行為にそれ以上の中味はない。子供ながらに私は、十二歳に備わり、また与えられる社会的平等という意味において、自分もまた他の子供たちと同じく平等であると思っていた。当時の自分には劣等感などなく、自分がけだものどもの部類、不運な種族に属していないことに、いささかの疑いも抱いていなかった。ヴィルマもまた愛玩犬という部類、幸運な種族に属しているとは思わなかった。私とヴィルマが全く別々の種族に属しているということを私が知るのは、もっと後の話だ。それこそが私にとって二つ目の心の傷となるのだが、あの頃の私は、初めて殴られた上に父が自分の目の前で敗北したことで受けた心の傷[訳注;校長に殴られた件]に圧倒されていた。だからその償いをヴィルマの小犬にさせずにはいられなかったのだ。ヴィルマが昼も夜も泣きくれて、ヂョダが悲憤の余り我を忘れるまでに。
 それは綺麗な小犬だった。どの愛玩犬もそうだが、この小犬も姿を現すや鉄柵の間から鼻先を突き出し、その前を人が通るたび誰かれ構わず大声で吠えるのだった。かく言う私にも吠えてきた。それは暖かな或る日の午後で、ヴィルマは階段のそばの小さな椅子に腰掛けて、読書に熱中していた。小犬が吠え出しても彼女は顔を上げなかった。だが私がその場を離れず、小犬が私に向かって猛り狂ったものだから、近所じゅうが目を覚ました。[訳註;バルカン半島では、午後に昼寝する習慣がある]だがそれは私の方でも織り込み済みだった。
『いやんなっちゃうわね、もう』
ヴィルマは顔を上げた。彼女の視線が私の視線とぶつかった。私も彼女から視線を外さなかった。海のように青い瞳だった。私と彼女は顔見知りだったが、言葉を交わしたことは一度もなかった。ずっと別々のクラスだったからだ。そして、これは実に本当のことだが、その時の私はヴィルマと口をきくことに特段不安を感じていなかった。
 最初ヴィルマは不満そうに顔をしかめ、そして『うるさい子ねえ、マクス、こっちに戻ってらっしゃい』というようなことを言った。だがマクスがそれでも言うことを聞かなかったので、彼女は立ち上がって本を椅子の上に置き、こちらへ駆け寄ってきた。私はまごついた風でその場に立っていた。飼い主に抱きかかえられて、ようやくマクスはおとなしくなった。私は顔を赤くして軽く微笑んでみせると、『かわいい犬だね』と言った。 『そんなことないわよ。物音がするたびに興奮して、誰が通っても噛み付こうとするんだもの』
 私は慌ててその場から走り去った。ヴィルマはマクスを抱いたまま鉄柵のところに立っていた。数年後、その場面の話になった時、ヴィルマもそのことを憶えていて、その時の私を不思議だと思ったと話してくれた。
『何が不思議だったって、私を見ていた目つきがよ。あの後、マクスを連れて椅子に戻って本を読むふりをしたけどね。本当は、あなたが戻ってきて、またあの不思議な目つきで私のことを見るんじゃないかって思ってたの。あんな風に私のことを見る男子なんかいなかったし、どうしてあなたのことを待ってたのか、自分でもわからなかったけど。いつかあなたが柵の前を通るんじゃないかって気持ちはずっと消えなかった。あなたが町の大学に進んで、どこかの未亡人と恋仲になったって話が出てきた時もね。でもあなたは結局現れなかった。私は待ってたのよ、あなたが私のマクスを殺しても。あの時は家族が死んだのと同じぐらい泣いたわ。それでも待ち続けた。もうあなたが現れることはないって、わかってたのに・・・』
 急ぎ足でヴィルマのもとを走り去ったあの瞬間から、私もまた、二度とあの前を通ることはないだろうと確信していた。ヴィルマがマクスを抱きかかえたまま私に話しかけてきた時、私は感じたのだ、このままここに留まっていたら、復讐など決して実行できなくなると。どうしたらうまく説明できるかわからないが、ただ感じたのだ、もしこのままヴィルマのそばにいたら、もし彼女の声を聞いていたら、彼女の目を見ていたら、彼女が小犬の頭を撫でるのをずっと見つめていたら、私はマクスを毒殺することなどできないだろうと。そして、もしマクスを殺せなければ、ヴィルマが泣くこともないだろうと。そうだ、そしてヴィルマが泣かなければ、ヂョダが悲しみにくれることもなくなるのだと。
 マクスは痛々しい最後を遂げた。この罪を犯すに先立って、シェリフが私に、犬が特に好きな食べ物は何だろうかと訊ねてきた。いろいろ面倒はあったものの、ヴィルマのところへよく行く男子-それはヴィルマの従兄弟だった-から、マクスの好物が羊の肝臓を茹でたものであることを聞き出した。羊の肝臓は私が手に入れた。それにシェリフが、父親の目を盗んで、野犬駆除用の肝臓肉の毒を混ぜた。我々がマクスを殺したのは、ヴィルマがマクスを連れ出した日の午後だった。彼女はよくそうしてマクスを町外れに広がる野原まで散歩させていた。シェリフは私に言った。
『ヴィルマが友達とおしゃべりしている間なら、一服盛るぐらい造作もなかったぜ』
マクスはあっけなくくたばった。それから、何もかもがめちゃくちゃに荒れ狂い始めた。
 次の日の夜、私の家にシェリフがやってきた。彼が私のところに来ることなど、それまで一度もなかった。階段の手すりに寄りかかって話している内に、私は、何かが起きたに違いないと気付いた。それにもう一つ、不安なこともあった。その日シェリフは学校を休んでいたのだ。彼は不安そうな様子で、どこか誰にも見られず、誰にも聞かれない場所で話がしたいと言ってきた。私も否とは言えなかった。夜の闇にまぎれて、私とシェリフは町の中心部を抜け、誰の目にもとまらぬまま川べりの住宅区までやってくると、草むらの近くにしゃがみこんだ。するとシェリフがぶるっと身を震わせ、そして泣き始めたので、ようやく私も厄介なことが起きたのを知った。マクスが殺されたことが知れ渡るや、町には非常事態が発令されていたのだ。昼頃-シェリフの話によれば-彼の家に校長がやってきた。校長は警官を二人連れていて、父親に用事があるようだった。彼らは外で何か話していたが、やがて父親が血相を変えて家の中へ戻ってくるや、シェリフの胸ぐらを摑んで言った。『もしこれがお前のしわざだったら、俺がこの手でお前を殺してやる!』
 気の毒に、シェリフは恐怖の余り死んでしまいそうだった。彼は本当に父親に殺されると思った。がそれは、更なる悪夢のような事態に比べれば大したことではなかった。何故かその日学校に姿を見せなかったファグが、一味を引き連れ、河原にいるシェリフを見つけ出したのだ。疑いの目は全てシェリフに注がれていた。ファグたちはシェリフを殴り、本当のことを言わなければ殺してやると脅しつけた。シェリフは全て否認したが、全て否認したこと自体が彼を絶望的な状況へ追いやった。ファグどころか父親も彼のことを信じなかった。挙げ句、シェリフは私の手にキスをして-彼がひざまずき私の手にキスをした様は、今も私の脳裏に焼きついて離れない-自分を助けて欲しいと懇願してきたのだ。さもなければ川に身を投げる他、彼に残された道はなかった。
 私は決断にさほど時間をかけるつもりはなかった。シェリフは恐怖の余り死にそうだ。私が彼をこのゲームに巻き込んだのだから、私が何とかしなければならない。責任を引き受けるとはそういうことだ。そして私はそれを引き受けた。といっても、シェリフが自殺するかも知れないのを怖れたからではない。こういう状況なら本当に自殺するかも知れないと思ってはいたが。私は、自分がこの犯罪の主犯格であることを認めようと思ったのだ。自分なら地獄の責め苦にも耐えられる気がしたからだ。手に唾液まみれのキスをされたからではない。もし自分が責任を引き受けなければ、シェリフは毎日やってきて私の手にキスをしただろう、それこそ打たれた犬のように。
 私はファグに自白した。そうすればニュースがすぐさま求める先まで伝わり、自分を待ち受ける事態に心の準備をする時間も充分に得られるだろう。ファグは私を凝視していた。私の自白は彼にとって最も信じがたいものだった。ヂョダに仕返しするために殺したのだと説明するに至って、ようやくファグは納得した。少し前からヂョダが私をステッキで殴っていることは誰もが知っていたからだ。
 それで私の報復は、やり方はどうあれ正当なものであると見なされた。ファグは私に指一本触れることができなかった。もし何かしていれば、彼自身が厄介事に巻き込まれただろう。彼の一味の喧嘩っ早い連中の誰であれ、ヴィルマが絡んでいるからという理由でファグが私に手荒な真似をすることを許しはしなかっただろう。
 これが事の顚末だ。当時ファグは私より背が高く、そして疑う余地なく、私より強かった。そのファグは腹を立てたものの、にやりと笑ってその場を立ち去った。そしてその日から私の生活は耐え難いものとなった。町では、誰もが私を犯罪者ででもあるかのような目で見た。学校では、校舎前に並んだ生徒たちの前で、私の行為がこの町において前代未聞の悪行であると決めつけられた。素行面の評価は二点下がり、三日間の停学処分を受けた。だが予期していなかったのは、最初のステッキの一撃を喰らわしてきたのがヂョダではなかったことだ。彼は私を校長室へ呼びつけようともしなかった。最初の一撃は自分の父からだった。それまで私を一度も殴ったことのない父がである。父は賠償金を支払いに行った地元の警察署から戻ってくるなり、私を殴りつけた。私が聞いたところでは、父はヂョダへの償いとして三千レクか四千レクほどの額を支払ったという。そして今になってみると、父が私を殴ったのは私の行為のためだったのか、費やさざるを得なかった金のためだったのか、それとも警察に呼ばれてその中枢に入ったことへの恐怖感のためだったのか、私には判然としないのだ。何にせよあの時から、私の父はこういう術を身につけたのだが、父が私を殴ることを覚えたとするなら、私もまた殴られることを覚えたのだ。そして、人はステッキで殴られることに慣れてしまえば、もう何があっても目ではないのだ。

1991年3月
『見下げ果てた馬鹿野郎め』
そう思いながら、私はヂョダに背を向けた。ヂョダは鉄棒を握ったまま、墓地の入り口に立ち続けていた。
『お前に付き合って、つまらない年月を過ごしてきたものだ』 そして私は思った、自分たちは互いを痛めつけ合っていたのだと。埃っぽい通りへ出る道すがら私は答えを見出そうと懸命になった。発狂した時期のヂョダに対して、私自身が呪いそのものとなることを天啓によって予め定められていたのだろうか。それともヂョダの発狂こそが、私に安らぎの時などないことを常に思い起こさせるべく予め告げられていたのかだろうか、と。
 涙がこみ上げてきた。それはつまり、ヂョダの血走った視線に私がふらふらになっていたということだ。薄汚れた空は洗っていないシーツのようで、それが私に海へと去った者たちを思い出させた。すると不意に、小便の匂いを嗅いだような気がした。ドリアンの息子の小便の匂い?いや、おそらく私の涙の匂いだろう。私は泣いていた。それはつまり、飲んだ酒が抜けてしまったということのようだ。どうやら私は、海へ去った者たちのために泣いているらしい。それから私は再びバーへと向かった。ところが、私にとっては運の悪いことに、コニャックは売り切れだった。こうなると軽食屋「リバーサイド」へ行くより他に道はない。ところが行ってみるとそこは閉まっていた。その日はずっと開いていなかった。どうやらセメント工場の元守衛のアルセン・ミャルティは贅肉が付き過ぎて、数少ない彼の同僚と同じく、日曜の休暇という贅沢を自らに許可したらしい。
 あれだけコニャックを飲んだにもかかわらず、町はまるで死の眠りを貪り続けているかのようだった。私はもう一度中心部へ戻り、こう叫びたい気持ちに駆られていた。
『親愛なる市民諸君よ、起きたまえ!今日この時から諸君は自由な市民だ。何処を通っても、そして何処へでも好きなところへ行ける。長らく待ち望んだ自由がやって来た。今や諸君は陸を、海を、空を渡り、逃げ去ることができる。もう誰も諸君のことを裏切者とは呼ばない。誰も諸君をならず者扱いなどしない、社会正義が勝利したのだ』
 だが私は叫ばなかったし、中心部へも戻らなかった。泣きたい気にももうならなかった。それはつまり、飲まなくても再び酔っていたということだ。その時、「きちがいヂョダ」が町の中を歩いて行くのを目撃した。私はその後を追った。ヂョダは家まで辿り着くと、その中へと入って行った。真っ黒い玄関の口の中にその姿が呑み込まれて消えた。その瞬間、私は自分でも何が何やらわからなくなった。真っ黒い口の中から、白い毛玉が吠えながら飛び出してくるような気がした。私は息を呑み、両手で顔を覆った。マクスは私が三十年も前に殺したのだ。マクスのはずがない。すぐそばの松の木の幹に頭をもたれかけると、私は吐き気に襲われた。不意に、毒入りの肝臓の切れ端を呑み込んだような気がした。私は嘔吐した。それから頭を上げてみると、涙に濡れた睫毛越しの向こう、階段のそばの椅子に座っている「きちがいヂョダ」が見えた。手には鉄棒を握っている。
『失せろ、馬鹿野郎め』私は叫びたかった。
『悲劇のスフィンクスよ、お前は誰をかくまっている?』

4
 その松の木がまだ三十年若かった頃だ。私の身体も痩せていて、幹の陰に隠れることができた。ヴィルマは椅子に座って本を読んでいた。それを私は一時間以上も前から見つめていたが、ヴィルマは一度たりとも顔を上げなかった。マクスが柵のところまで駆けてきて吠えたてることはあり得ない。あれは私が殺したのだ。私は松の幹の後ろに隠れて立っていた。ヴィルマは私がここにいることを知っている、そう確信していたからだ。とうとう意識を失いそうになった頃、足元に何かが落ちたのに気付いた。手に取ってみると、小石が紙で包んであった。
『あんた自分がしたこと悪いと思ってるの?言いたいことがあるの?でもそんなの聞きたくない。もう五日間もここに来て、泥棒みたいにこそこそ木の後ろに隠れて。あんたが本当に悪いと思ってたって私はあんたを許さない。どうしてマクスにあんなことしたの?ねえどうしてあんなことしたの?わかってよ、あんたなんか大嫌いなのよ!』
 私が顔を上げてみると、ヴィルマが座っていた椅子はもぬけのからになっていた。私が幼少期の日々の出来事から再現できるイメージはここまでだ。それ以外はどれもしまい込んでしまった。残っているのは誰もいない空っぽの椅子で、まるで私自身の人生もそんな風に、空っぽのように思われるのだった。自分が犯した行為について、罪悪感はなかった。ヴィルマの走り書きを読んでも、私にはなぜヴィルマがそんな風に思っているのか理解できなかった。松の木の後ろに隠れて、羊毛のような彼女のブロンドの髪を見ていたいという私の欲求と、罪の意識とは何の関係もなかった。しかし、ヴィルマが私に対して怒りをあらわにしたとなると、この場を立ち去り二度と戻らないという以外の道はなかった。羊毛のようなヴィルマのブロンドを見たい、松の木の後ろに行って、こっそり見ていたい、そんな欲望を潰された私の、その欲望の只中に劣等感が湧き上がり、私を苦痛に落とし込んだ。まさにそれを感じた瞬間に、私は幼少期の境界を飛び越えたのだ。そこにあったのは、人々が劣等感と呼ぶ感覚だった。
 そんな時期の或る日のことだ。その夜、町のナンバーワンのフルスィウはラキでぐでんぐでんになり、ふらついた足どりで悪態をつきながら、眠りにつくべく上の階に上がっていった。同じアパートの我が家にアルコールの臭いをまき散らし、それだけでなくテーブルの上をさんざん散らかして、私の両親の神経を逆撫でして帰ったのだ。今になって見れば、私の目の前で起こる出来事の何もかもが、悲喜劇と呼べるものだった。のみならず私には、両親の感情の動きを面白がるところがあった。ところがその晩ときたら狂気の沙汰だった。おそらく最初で最後だったろうが、父は、父本人にしかわからない理由の故に、フルスィウに付き合って酒のグラスを重ねていた。母が不機嫌そうにキッチンを出たり入ったりしていたのを憶えている。そのうち男二人はすっかり出来上がってしまった。フルスィウがのべつまくなしに喋っている間、父は黙って聞いていた。いやおそらく父は何も聞いていなかった。フルスィウが立ち去り、母がドアを閉めると、父は手で卑猥なしぐさをしてみせた。私もこの町に住む男子だから、それの意味はかなり前から知っていた。ここで説明するまでもないだろう。そんなしぐさの後で、しゃっくりをしながら、父はキッチンへ入って行った。キッチンからは大体こんな内容の話が聞こえてきた。
「お前の兄弟があんなろくでなしじゃなかったら、他のろくでなし連中に俺の人生を引っかき回されずに済んだのに。それなのにお前の兄弟の、あのろくでなしの中のろくでなしのせいで、俺はさんざんな目に遭わされて、どうしたら抜け出せるのか見当もつかない。さんざんな目って、誰のことかわかってるよな?」[訳註;「さんざんな目」は原文では「六分の一のダブル(dopio gjashta)」]
 母が金切り声を上げた。父をぐっと詰まらせるにはそれで充分だった。叫び声を上げた母はキッチンから飛び出し寝室に閉じこもった。父は稲妻に打たれた大木のように、その場に立ち尽くしていた。部屋の隅のソファに座ったまま、私はどうしたらいいかわからないでいた。どうやら両親の神経の昂ぶりもそこまでの段階に至ってしまうと、私の存在などは一顧だにされず、歯止め役にもならないのだった。父は手を掲げ、それを顔面へとやった。それからテーブルのところまで行くと、椅子にどしんと腰掛けた。その時私は、自分の喉がからからに渇いているのを感じながら、父がしゃくりあげて泣いているのを目にしたのだ。父は大きな身体を折り曲げて、ぶるぶる震えていた。テーブル全体ががたがた震えて、私には壁全体も揺れているような気がした。その場から消えてしまいたいという気持ちと、父が顔を上げてこちらを見るのではないかという恐怖との狭間で、私は寄る辺なくその場に座っていた。やっとのことで爪先立ち、涙をこらえながら、私はキッチンを抜け出した。そして両親に気付かれぬまま、自分の部屋に入って鍵をかけた。その途端に涙が溢れ出した。父の話したことについては、一言たりとも理解できなかった。母が口にしたのは悲鳴だけだった。だがそれでも、その夜の情景は、他の夜に見られる普段の両親の様子とはまるで違っていて、何か深刻なものがあった。だがそれ以上、父の言葉の意味を探ろうとは思わなかった。母の悲鳴の意味もだ。私にとって、両親の人生の秘部に深入りするのは正しいことではなかったからだ。私が憶えているのは、父のすすり泣きにショックを受け、部屋のドアにもたれたまま、自分が廊下の方から聞こえてくる父の声を聞いていたことだけだ。ずっと耳に残っている。父は母に許してくれと懇願していた。小声で、囁きながら、父は、もうあんなことは二度としないから、酒を飲んで酔うのはこれが最初で最後だからと誓っていた。母は何も答えないらしく、しばし沈黙した後、父はまた最初から誓いの言葉を繰り返し始めた。その時に私が感じた気持ちは、同情とも嫌悪とも何とも言葉で言い表せないものだった。母は部屋のドアを開けようとせず、父はその夜をキッチンで過ごした。キッチンの方からいびきが聞こえてきた。父のいびきを聞きながら、私は、もう母が起きたままでいる理由もないのだからと、自分で自分に言い聞かせていた。
 私が眠りについたのは明け方近くになってからだった。目を覚ますと、太陽の光が部屋中を満たしていた。ということはつまり、今日は学校に行くのは休みで、両親は私を寝させておいてくれたということだ。まだ昨晩の情景が頭に覆いかぶさっていた。驚くべきは、両親も仕事に行くのを休みにしていたことだ。私がキッチンに行ってみると、二人は向かい合ってコーヒーを飲んでいた。前の晩に二人の間には何も起らなかったような顔で、互いに押し黙ったままコーヒーをすすっているのを見た時、私の中で抑え込んでいた何かしら猛々しいものが、頭をもたげてくるのを感じた。当たり障りのない二人の態度が、まるで檻の中に閉じ込められた野獣を刺激し挑発するかのように、私をイラつかせた。二人が私にそんな態度をとればとるほど、私の憤怒は増していくのだった。私は大声を上げ、何かを壊し、汚い罵り言葉を口にし、唾を吐きかけ、嘲笑し、舌を出してやりたい思いに駆られていた。要するに、ありとあらゆる禁断の行為が秘められた武器庫の扉を開けてしまいたかったのだ。だが二人は鈍感過ぎて何も気付いていないようだった。私にしても、二人に嫌な思いをさせるようなことは、何となく口にできなかった。私が訊ねたことは、ただ一つだった。私は、例の母の兄弟というのがどんな人なのか知りたいとだけ訊ねた。その時まで私は自分の母に兄弟がいるとは知らなかったし、自分に叔父にあたる人がいるとも知らなかったのだ。
 母の手からカップが落ちた。父の顔から血の気が引いた。かくして、この時ついに、あのみずみずしい年頃にあって私は自分が、最低の人間とされる部類、当時はけだものと同類だと思っていた唾棄すべき人種、行く先々で足蹴にされるような部類の者達と同族であることを知らされたのだ。父は今にも死にそうな青ざめた顔で、長々と話すことなく、私に叔父がいることを語ってくれた。
「お前が生まれる数か月前の話だ。お前の叔父さんは国境で兵役に就いていたが、他の兵士二人と一緒に国境を越えて行ったんだ。これは逃亡であり、敵対行為であり、我が一家にとっての恥だ。私たち全員、そうだ、お前にとっても、あいつはもう存在しない。そしてお前も、あいつを憎まなければならない!」
 こうして父は、私がその時まで存在すら知らなかった人間を憎めと要求しながら自分の話を終えた。もっともその点、つまり私がその人間(それは母の兄弟であり、私の叔父にあたるのだが)を憎むべきだということについて、父が強く固執する必要はなかった。我々の幼少期の印象の中で、脱走者は怪物のような存在だった。私の知っている町の男子の一人も、兄弟が国を脱走していた。リクというその少年を、男子たちは避けて通り、誰も一緒にいようとはしなかった。まるで悪しき疫病を避けて、伝染らないために気をつけているようだった。私も他の連中と同様、リクのことを避けていた。リクの家は煉瓦葺きの平屋建てで、町外れの、通りから離れた平原の中にポツンと建っていた。その建物には恐ろしげな怪談話が結び付いていて、誰もそこに立ち入らず、誰もそこをよく知らなかった。そしてそういう理由もあってか、我々にはそこが死者たちの家のように思われていた。だから私の父が見知らぬ人間を憎めとしつこく言う必要などなかった。「脱走者」と言えばそれで充分だったのだ。
 だがこうした暴露が私に対してどのような効果を与えたかについて、両親が理解できていたとは言い難い。ただ一つ確かなのは、その時点で私の頭の中はヴィルマのことでいっぱいだったということだ。私の青ざめた表情とヴィルマの態度との間に両親がつながりを見出すのは、不可能なことだった。その時の私は、自分が松の木の陰に隠れてヴィルマのキラキラの髪をこっそり眺めに行くことはもう出来ないのだと、そのことばかり考えていた。私には国を去った叔父がいて、そしてそのために、私はヴィルマの好意を受けるに値しないのだと自らを決めつけたのだ。だがそれは、私の両親にとって思いもよらないことだった。それどころか父が私に注意深く下したのは、ただ一つの断固たる命令だった。叔父のことはどんな場所でも、誰にも、決して、一言たりとも話してはならない、と。それを父は、私の目をじっと見つめながら告げたのだ。まるで催眠術でもかけようとするような視線で父が私を見つめている間、私が思い浮かべていたのは、孤独の中に沈む、あのリクの家だった。すると目の前にリクその人が立ち現れた。彼は絶えず怯えていて、影のようにそっと動くのだった。単に宗教的な意味で、両親が私に対して何らかの罪を犯したのだとすれば、あの日こそがまさにそれに当てはまる。しかも二重の意味でだ。両親は私に対して、私の会ったこともない、しかし私の叔父にあたる人物を憎悪せよと言った。両親は私に対して、密かに、誰にも知られることなく憎悪せよと言った。かくして、言葉の宗教的な意味からすれば、私もまた罪の路へと引きずり込まれた。その数日前に私はマクスの命を奪っていたが、この子供時代の犯罪で私が罪の意識に苛まれることはなかった。どんな結果になろうとも、それを受け入れるつもりでいた。こうした点から見れば、マクス殺しは罪と呼べるものではなかったと言えるし、その日まで他のいかなる罪も犯したことがないとなると、それは私にとって最初の罪ですらなかった。私が自分で罪を犯したと言えるのは、父が私に対して見知らぬ人間を憎悪しろと言ったあの瞬間からだったのだ。何であれ、亡霊を憎悪することなど私に出来るわけがない。それが公然とであれ、密かにであれ同じことだ。私は自分の魂が崩壊する過程、或いは永遠に続く罪業の路に身を投じて、その時から自分自身の内に煮えたぎる、恐ろしく、危険な秘密を抱え込むことになったのだ。そしてはっきりしていたのは、そんな秘密を両親もまた密かに隠し持っていたということだ。叔父の不名誉な、履歴書に汚点を残すような逃亡のすぐ後に、両親は市内に引っ越した。癌細胞の染みを遠ざけたいという望みをかけて。そしてどうやったかはともかく、両親はそれをやり遂げた。
 その日から、私にとって世界は白と黒の二色に分けられることになった。そこには白(ヴィルマ)と黒(私)、二つの区分しかない。その日から私は白の世界を夢想することで生きてきたが、自分が黒の世界に属していることは重々わかっていた。かくして、永遠に続く運命に組み込まれた、私の二重の人生が始まった。
 袋小路を脱したい私の内で嵩を増していく夢想は、逃走への欲求だった。ただし物理的に逃げ出すという意味ではない。それは既に経験済みで、どんな目に遭うかもわかっていた。私は自分の中に、自分自身の土台へと逃走したのだ。これほど陰鬱な逃走先はない。だがこれほど安全な場所もない。それから私の人生は、埃にまみれたこの町の凡庸さ、眠気をもよおすような単調さの中で翻弄されていった。その単調さは、時に学校でヂョダのステッキによって、時に家で父のステッキによって、また時にその両方によって破られた。しかしそのステッキにも終わりが訪れた。その終わりがいつだったのかは憶えていない。最初に殴られた時は、それこそヂョダのであれ父のであれ、よく思い出せるのだが、二人それぞれに最後に殴られた時がいつだったかとなると、はっきり言うことができないのだ。それも無理はない、最初の物理的打撃と違って、最後の打撃に重要性があったはずはなく、私にとっては跡形も残らなかったのだ。何故なら日常生活の一部になっていたのだから。そうして気付かぬまま隠されたのだから。ただ一つ確実に言えることがある。その時期は、私の人生からヴィルマが半ば姿を消し、そしてファグも、ヂョダも、両親も、この町の全てが姿を消した時代の始まりと刻を同じくしているということだ。その時代は、あの最後の一撃が隠されたのと同様、傷痕ひとつ残さず私の記憶から隠されてきた。理由は想像がつくだろうが、私はこの町の中等学校に進学しなかった。履歴に仕込まれた時限式の地雷が発覚すれば、私の未来も吹き飛んでしまう、その可能性を減らすためだ。町を離れ、私を知る連中からも離れ、私のことを邪魔者と見なしかねない連中からも離れるためだ。こうした原則が適用されたのはまず姉で、次に私にも適用された。我らの永遠の庇護者にして守護天使、フルスィウの手助けあってのことだ。そしてこの時点で、この謎めいた人物もまた、私の人生に立ち入ることなく姿を消した。彼と両親とのつながりは更に謎めいたものだったが、それは私にとって全くどうでもいいことだ。フルスィウのおかげで私はティラナの中等学校への入学を認められた。私に大学の工業化学科で学ぶ権利を用意してくれたのも彼だった。その彼が突然死んだのは、私が大学で学び始めてから三カ月後のことだった。葬儀には出なかったが、彼の魂が天国へ行けるようにと祈ったし、行けただろうと思っている。そしてここでラディが私の人生に登場するのだ。

(5へつづく)


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