片山事務局長からのe-mail 其之四(1999年6月7日付)

[片山事務局長がAMDA日本支部宛に送った現地報告です。一部文字化けした部分を推定・復元し、片山氏の趣意を変えない範囲で、段落分けや句読点を補いました]

 日本は梅雨入りでしょうか?尚5人の日本到着の難民の件[其之参babuc3.htm]は県庁とTeuta TV[ティラナの民放局]で呼びかけ、また新聞にも出しました。何分にも情報が少なく困っていますし、難民の数の多さにも苦慮してますが、今しばらくお待ち下さい。

5月27日 デュレスにて
 本日から新しい上田先生が参加しました。生まれは石川県小松市だそうです。明るい方です。
 今日はTiranaでMSF(国境なき医師団。フランスのNGO)でモバイルのプロトコールを頂いたが、中身が違ったもので大失敗しました。
 皆様はデュレスからTiranaへの移動なんて40キロたかだかとお思いでしょうが、これが困難を極めるのがアルバニアなのです。移動手段は電車か車で、電車はこの距離を1時間かけて走ります。車両は昔のチェコスロバキア製です。これが80レク。乗合バスはオンボロで100レク。比較的こちらが主流です。タクシーは2000レク以上ですのでなかなか乗れません。またTiranaやデュレスに着いてから歩く事が多く、この炎天下(アルバニアは今が夏真っ盛り)しんどいです。ましてや街中の埃は凄まじく、どんな車も1日走れば元の色から大きく変わります。
 4時頃デュレス市警のフラムウリ刑事に会う。何かしら伝えたい様だが、通じず。小生を車に乗せて英語の通訳を探すも見当たらず、先般の盗難にあったデジカメが戻りこの書類を書いて欲しかったようだが、諦めて「もういいやハーハッハ!」で終了した。これもアルバニアだと又実感した。

5月28日
 10時にデュレス文化宮殿前でレコRekoさん、ブヤルBujar夫妻そして彼らの一粒種のベサリBesari君と会う、Besari君は小2で2年間仙台私立[市立?]荒巻小学校にいたので、おそらく現時点ではアルバニア国内で最も日本語のできる人物だろう?彼は両親をとうちゃん、かあちゃんと呼びコンビニのサンクスやマクドナルドのハッピーセットが懐かしくて堪らないそうだ、今度何時日本に帰るの?と聞いて両親を困らせてる。でも彼には日本語を忘れて欲しくないと思うのは私だけでは無いはずだ。
 お昼過ぎにTiranaで在ウイーン日本大使館の品田参事官と会う、日本人離れした風貌が印象的な方です。今後の我が国の基本的な方針を聞いて、アルバニア日本友好協会会長のムーチョ博士とお会いして色々話しを聞く、印象的なのはノーベル賞候補のフランス在住のアルバニア文学者イスマイル・カダレの近況だった。
 その後夕方にオンボロバスでデュレスに戻り前線基地へ帰る。

5月29日
 本日は9時からシヤクShijakにて診療開始。5名が残り、後の4人は次の活動拠点の調査に出発[判別不能]て、ニシュトゥラNishtulla付近に可能性を見つけてきたようだ。
終了後、夜はテレビで99年ミスアルバニアの選考会を見る、今年はミスプリシュティーナ(コソボの首都)の19歳の学生(ブロンド長身の凄い美人でした)がミスに輝いた事に、何かしらの政治的な物も感じます。

5月30日
 休日です。相原先生はお別れ会でTiranaのマザーテレサ病院のケルチク、ベチーリ両医師を夫妻同伴でデュレスに招待する。その後小生と上田先生はウイーン大使館主催の自民党訪問団の懇親会に参加のためTiranaへ行く。さすがに自民党だ、大使館の公使まで随員でいらっしゃった。自由党の小池百合子議員の前に座ったが、なかなか貫禄もある方だ。


 自民党自由党議員訪問団の概要を報告します。

日時 1999年5月30日19時半
場所 Tiranaインターナショナルホテル
参加者;


以上


 我々2名は比較的早めに到着し団長席前に着座。
団長挨拶;
1.対コソボ予算概要説明後、今回外務省は概算払方式にてNGOに分配。大蔵省の反対もあったが外務省が押しきった。
2.今後は党、政府、NGO一体で支援を開始する決意を表す。


新藤議員の発言;
 従来の金だけばら撒いて、かつてのクウェート政府から感謝状一枚もない経験を踏まえ、今回のマケドニアから視察をスタートしたが、案の定二の舞になる恐れがある。アルバニア支援にはNGOを前面に立て、政府が大きな支えとなるよう、私一個人の発言かもしれないがお手伝いしたい、1プロジェクトにつき上限1500万円の人件費も見ない予算ではなく、党は2億円の予算を獲得できるように務めた。この2億円を有効に使う為に、日本村キャンプ構想を実現したい
 PWJの大西謙介代表から聞いた構想に大きな関心があり、明日の視察を楽しみにしてる。


UNHCR発言;
 今回の難民支援の特徴は欧州の問題でもあり、参加プレイヤーが多い。この中の大きなプロジェクト5から7に40億ドルの予算を使用した。しかし当方も台所事情は厳しく、このままでは4週間しか持たない。日本のNGOには、長期間取り組んでくれる事を望む。


AMDA発言(片山);
 現在デュレス近郊での現地人雇用のモバイルを説明。
 比較的日本のNGOとして早く、かつ順調に経過してる事を強調。
 問題点もあるが、政府の望む顔の見える貢献に寄与してる。
 人員は日本で仕事を持ちながらの参加で、長期間の滞在が困難である。
 このような問題も政治家は取り組んで欲しい。
 尚、小生の日ア協会の紹介で自民党のコソボ難民を支援する会の代表が森幹事長で、協会の最高顧問も兼ねて戴いてる。 この件を紹介。団長から伺っていますとの返事、また顧問の黒川前大使についても、安部公使からも同様の返答。
 プロのロジの必要性を実感してると最後に話す。


上田先生;
 自分自身も初めての経験であり最大限努力したい、自分も日本での勤務先を止めなければならなかった様に我が国でのNGO参加の困難さを実感した


AMDAとPWJの共同要望;
 明日の外相、国家緊急対策委員長、国会議長の訪問に我々もオブザーバー参加を要望、快諾される。


5月31日
 11時外務省前にて片山も合流。ミロ外相側近には昨年外相来日時の随員のクイティム・ジャーニ アジア・アフリカ局長(以前北朝鮮平壌のアルバニア大使館勤務で極めて朝鮮語堪能)。ミロ外相も小生の顔覚えていた。その後ジヌシ国会議長表敬にて訪問団から日本のNGOへの支援、加護を要請。
 政府所有建造物の貸与などを希望、ステファニ国会対外担当儀典長[?]が、今後会議を日本のNGOも参加した上で招集する事を確約した。
 情報では小池議員が事務局長で日ア友好議員連盟の発足準備中。会長は森幹事長有力。

6月1日
 7時Tiranaで起床。9時デュレス着。
 アルバニア人の男は仕事らしい仕事をしてるのか、不思議に感じる時がある。無論経営者や外資系のエリートは一生懸命頑張ってるが、何もしていない人間も多く感じられる。彼らの「忙しい」は日本人の「暇」に匹敵するのではなかろうか?それでも、愚放ら[?]亭主を奥方も子供もこよなく慕ってるのは、羨ましいかぎりだ。日本の父親が可哀相である。日本のテレビが何時の日からか父親を粗大ゴミのようにした責任は大きい。
 業務終了後、夕飯作りで20時にデルビシと会う。リリンディア・デモクラティケ[Rilindja Demokratike 民主党機関紙]の記者も同行、何かしらの記事が欲しいようだがデルビシの誘導尋問に引っ掛かりそうで、あわや記事になりそうで話題を変える。
 彼らは旧政権の民主党寄りだから、どうしても現政権の問題点をぶつけてくる。生活物価が新政権でこれだけ値上がりしたとか、ファトス・ナノ前首相の問題点、今の社会党の内部紛争や、挙げ句はパンデリ・マイコ首相(33歳)はアメリカが任命したのに等しい、いわば傀儡だ、など。明日もし選挙があればサリ・ベリシャが勝つと言う。ただ、サリ・ベリシャが6月の第1週過ぎにアメリカから招待されてるのは事実のようだ。アメリカは、ベリシャのカリスマ的又はやや独裁的に近い手法は今後のアルバニアにとって必要と感じてるのかも知れない。ベリシャがコルチャ市の難民キャンプを視察した重要性と、そこで受けたコソボ難民の大歓迎ぶりは国営放送では放映されず。必要以上にマイコ首相はベリシャに警戒心を抱いてる。ベリシャは、5月19日付の現地新聞で「コソボがチャメリアCameria(ギリシャのアルバニア人居住区)と同じ道を辿ってはいけない」と言ったように雄弁家である。マイコは語学が堪能ではないし、雄弁と言うにはお粗末なようだ。レジェップ・メイダニ大統領は物理学者としての知名度が高く、政治家の匂いは感じにくいから敵も少ないようだ。
 パスカル・ミロ外相はどうかと聞くとデルビシは
「あの人物は自分の学生時代からよく知ってるが(デルビシはTirana大学文学部古典哲学科卒で、ミロ氏は先輩です)ゼリ・イ・ポプリト紙(『人民の声』旧労働党機関紙で現在もある)[Zeri i Popullit 現与党である社会党の機関紙]論説委員時代に『世界はアメリカ帝国主義に立ち向かい団結せよ!』等と一番書いていた人物だ、彼の心に染み付いたスターリン主義は消える訳が無い」 と言うし、昨年訪日した外相顧問のミンジョージ氏も「彼の父親は共産主義時代の閣僚でノーメンクラツーラ(特権階級)だった。要するに共産主義が復活してる」とまで言う そんな話しに2時間は付き合わされた日でした。

6月2日
 モバイル活動は13時終了。
 2時に本部からの早川先生が到着。ベオグラードからイタリア経由でデュレス着。市内総合病院とモバイル拠点、ハマライHamarajのノルウェイキャンプ視察後、小生と2名はTiranaに残り、明日の視察をする予定。
 Hamarajキャンプは未完成で条件が厳しい。7000のキャパを目標に造成中であるが、トイレはテント横に各自が穴を掘っている。衛生面が問題で、この炎天下で先行きが大変であろう。又夜間の蚊の多さと周りのイナゴの大量発生も厳しい条件である。小生もイナゴを見たが、道一面に黒い影が動く姿に背筋が寒くなった。更に嫌な事に、最近は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの各種注意報に「サソリ注意報」まで出てきたらしい。こんな事はここに立ってみなければ、絶対理解できないと断言します。
 しかし難民の方々は、日本から来たと解かると大変喜んでくれる。若い医師達が頼もしい。小生は、昔大戦後の焼野原の東京で浮浪児や困窮者に救いの手をのべていたゼノ神父の彼の姿が当時の子供たちの瞼に焼き付いて離れない話しを聞いて、今のキャンプの難民の子供達にも東洋人の姿が焼き付いてくれるように祈った。
 Tiranaで早川先生と泊る。

[井浦補記;6月4日の片山事務局長からの電話によると、ティラナへの空の便はブルガリアのバルカン航空(ソフィア〜ティラナ)、ハンガリーのMALEV航空(ブダペシュト〜ティラナ)、ギリシアのオリンピック航空(アテネ〜ティラナ)の各旅客便が通常運行に入ったとのこと。アリタリア航空はまだ通常運行を再開していないが、別会社でボローニャ〜ティラナの便が再開している。]


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