修羅場日記



日記を読むのを助ける用語辞典

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2004年6月30日(水) 晴れ
『無力じゃないぜ? それは今の限界だ』(霧雨魔理沙.「葉庭の出店」発行『東方絵巻 Thought of dolls』より)
世界は決して優しくはないが、絶対的に厳しいわけでもない。これが、ここ数日で実感できたこと。
 なるようにしかならんのだから、肩の力は抜いていこう。
 

2004年6月29日(火) 晴れ
『私はこれを、和平への障害だとは思わんぞ』(ノヴェンタ元帥)
 三菱自動車も大変だなぁ。三菱の鉛筆はとても使い勝手が良かったから好きだったんだが……(会社違ぇ)

 まだまだ戦いは続く。どこまでもどこまでも。
とりあえず、公務系は今週末で一段落。そしたら、今まで封印していた琥珀さんフィギアを開封します。
 一度、西行寺家の妖怪桜の花見におよばれしたい気分です。
 …………
 …………
 な……夏コミ原……稿……グフッ……

2004年6月28日(月) 晴れ
『革命はいつもインテリがはじめる。だが、夢のようなことしか言わないから……』(アムロ・レイ)
 私の故郷には、某N大学の工学部がある。そこに、付属で高校がある。
 私が中学生の頃、その高校の入試の過去問を見た私の親父は、絶句した。これだけのレベルの高い問題では、福島県の中学生には解けないだろう、と。そういうわけで、私の親父は学年主任、仮に英語担当のK先生とでもしておく、英語の担任だからといってお髭のガンダムではない(担英)、の所にもっと、生徒の螺子をきつく締めてくれ、と頼みに行った。首都圏に本部があるN大の付属高校では、首都圏の高校だろうと福島県の高校だろうと、同じレベルの入学試験を出している。首都圏の受験生はそれぐらいの難易度で6〜70点が取れるが、福島県の中学生は30点がいいところだった。だが、東京の中学生がわざわざ福島くんだりまで高校受験に来るはずもないので、定員を募集するだけの入学試験ではそれで、できる受験生は合格するし、できない受験生はおちる。そうやって、秩序が保たれていたのだった。その事を話した学年主任のK先生は、
「そういうわけなんで、今N大東北に、試験問題のレベルを落とすように打診しています」
 と答えた。同じN大の高校で、同じ年に生まれ、住んでる地域が違うと言うだけ。かたや70点で合格できるとして、かたや30点で合格できる。だが、地域の人間から見てみれば、これは一種の屈辱である。福島県の高校では、福島の中学生も70点が取れて合格できるような問題にして欲しい、と交渉したわけだ。かくして、私達の年度から、N大東北高校の問題の難易度は、がらり、と落ちた。福島の受験生でも7割取れるような問題に。

 この秘話を親父から聞かされたとき、私は開いた口がふさがらなかった。なんということだ。これでは、福島県を首都圏と比肩しうるまでに引き上げるなど、夢のまた夢。これは、受験生のレベルの問題ではない。まず最初に、テストの難易度をさげてくれ、と頼みに行く考え方がすでに田舎なのだ。耐えねばならない屈辱や、被害を最小限度に押えるために敢えて忍ぶ恥というものはある。だが、恥はかかぬに越したことはない。こういった意識の積み重ねが、地域を地域に貶めているのだ。

 かって、東京に帝国大学ができた。やがて、京都にもつくろう、という話が浮上した。この時、「帝大は東京にあればそれでいいじゃん」という意見があったが、それでも、京都に帝大ができた。やがて、仙台や名古屋にもできた。教育は、一箇所に集めたのではいけない。各地域性や地方性を出し、多彩な広がりを見せなければならない。やがて、帝国大学は海外にもひろがり(その当時は、日本は海外にも領土を持っていたのだ)、最期に旅順帝国大学を作ろう、という話がでたところで大日本帝国という名の歴史は幕を閉じるのだが、それまでの間にできた地方の大学や海外の大学、それらの大学のレベルは、東京帝国大学とそんなに変わらなかったと言う。英国のオックスフォード大とデリーやカルカッタの国立大学ではレベルに雲泥の差があったというのに。まぁ、今の東京大学とほかの旧帝大のレベルはそれなりに開いているけどね。そういう意味でも戦前の日本はもう、ノスタルジーの中にしか生きていないのさ。

 つまり、地方を変えるには、地方の人を変えなければならない。人の意識を革命せねばならないのだ。小笠原祥子風に言えば、
「貴女の頭にも革命が必要なようね」
 ってな具合に(謎
 

2004年6月25日(金) 晴れ
『最初に地上にキスをした者には最上級のワインをオレがおごるぞ』(ドズル・ザビ中将)
出発前にメールチェックでも、とmeたんを起動……
何で、何もやってないのに止まるかな、このOSは……
尚、帰還は月曜日を予定。マドラックスを観る都合さ。

2004年6月24日(木) 晴れ
『ここは敵陣のど真ん中だ!味方に当たることはない!全ビーム、全ミサイル全て撃ち尽くせ!全てカラになったら脱出させてやる!』(地球連邦軍第6艦隊指令ダグラス・ベーダー中将.UC0079.12.31ア・バオア・クー)
 明日から一時帰県。やれるだけの算段を立てているのだから、どうにかやるしかあるまい。

 いずれ市長選にでて故郷の市をオタクの街にする計画。少しづつ、計画を練り始めてます。だが、それには大規模な事前工作(主に市議会方面)が必要。また、世間的な目くらましも考えねばならないが、それは、その時の時流を見据えて考えねばならないので、今計画立てても無駄になりそう。間違っても、最期の台詞が、
「時代の流れを読めなかったということか……」
 にだけはならないようにしないと。
 なんだか、陰謀史観を前提に考えてしまう辺りがどうにも。まぁ、それが政治と言えば政治なのだろうが。

2004年6月23日(水) 晴れ
『つまり、普通の人ね ここで成敗してくれるわ』(霧雨魔理沙.紅美鈴戦前)
 ナディアの再放送また見逃した。ぬがー。
 そろそろ東方本の構想も考えないと間に合わない。ここでまたぬがー。
 更に言えば、明後日から諸般の都合で一時帰県。

 ピンキーで魂魄妖夢を作ったが、今日、紅美鈴、もとい中国も作る算段を練る。中華服だが、上半身は普通のピンキーのパーツを適当に塗り替えればできる。三頭身のピンキーでは、細部は誤魔化し方次第でいくらでも変えられるのだ。下半身は普通の足に、最近出回り始めたロングのスカート。それの色を落とした後でデザインナイフか鋏でスリットを入れる。パンツは見せないように、それでもナマ足はでるように。ここでアピールしなければ、中国の魅力は半減する。中国からスリットと胸を取ったらどんな魅力が残ると言うのだ(酷)。あと、髪の両脇の三つ編みだが、これは描くしかない。確か、秋葉原に展示してあった博麗霊夢みたいな感じにすればいいかも。そして、最大のネック、帽子。こればかりは自作するしかない。布で作るのは論外。ファンドで原型作って型を抜いて、ってのも厄介だ。粘土で一品物か。

2004年6月22日(火) くもり
『あら、逃げなくてもいいじゃない?』(築山美奈子さま)
 以前、秋田クソゲー二重帝国という国が隆盛だった頃……
 彼のサイトじゃなかった、国の管理人、もとい皇帝陛下は『おまかせ 退魔業』というゲームに手を出していた。多分、本人にはすごく痛い過去で心の奥に封じておきたい事実だろうが、私は日曜日に尋ねたら、ビールを片手にそのゲームを見せてくれた情景が心に焼き付いているのだ。それの主題歌が着メロになってるのを見た。

 

2004年6月21日(月) くもり
『その他に何があると言うのだ?』(ジャン・ポール・ロッチナ)
 今日は織田信長公の命日であり星野明日香(SG)の誕生日であり私の誕生日であるわけで、微妙に機嫌が悪いです。ちくしょう。

 ピンキーを展示してもらい、かのぷ〜君と秋葉原を散策してくる。
 後、数十年後、うちの故郷の市で市長選に挑んでみようかな、という気が起きる。プロットは『おたくの街、二次コン文化の中心地にすることによる地域の再生。これが誰もやらなかった真の若者文化だ』。……いや、実は結構本気。ただ、選挙運動中はそんな事一言も言わないだろうけどね。だが、それをやるためには周辺から整えていかなければならない……それについてもちゃんと考えてはある。計画も立ててる。まぁ、その思うところは次の機会に回す。

2004年6月20日(日) 晴れ
『勝ち目のない戦いをする程愚かだと思ったか!!』(ネオジオン軍ベルム・ハウエル)
 ……ぬかった。

 全13科目の中から6科目選んで回答せよ(一科目7問)。

 という問題において、いろいろ誤解して思わず7科目解いちまった。まぁ、採点しないだけで減点するとは何処にも書いてはいないが……どうなるかわからない。とりあえず、明日、電話で人事院に聞いてみよう。答えてくれるとは限らないが、そうでもしないと不安なのだ。まぁ、これで敗れるなら私らしいといえば私らしいのだが……負けて良いわけないだろ!大丈夫だ。教養問題も論文試験もうまくいった自信はある。正直、2ヶ月の勉強でよくここまで食いつけた、と自画自賛したくなるぐらいの成果を刻み付けれたと思う。運も天も味方した。神風だって吹いていた。昨日、思わず寝付けず、ほぼ布団の中で7時間ごろごろしていただけで全然寝ていない状態で、お茶とコーヒーで、無理矢理カフェインを摂取してドーピング状態で挑んだ試験だったが、その意識の限界と認識の彼岸を彷徨っている状態が、自分を落ち着かせ、冷静に問題を解くことができていたのだ。これで負けるはずがない。解答ミスなど些事に過ぎぬのだ。その些事が、この進撃を挫けようはずもなかろう。勝つためにダフネを見るのを諦め、勝つために寝て勝つために起きて勝つために飯を食べて勝つために着替えて勝つために本をまとめて勝つためにプリキュアを諦め勝つために家をでて勝つために弁当を買って勝つために電車に乗って勝つために歩いていったのだ。これだけやったのだから、勝てぬはずがなかろう。

2004年6月19日(土) 晴れ
『血塗られた道だ!!免罪など乞わん!!』(ベルム・ハウエル)
 さぁ、決戦だ。

2004年6月18日(金) 晴れ
『まだ生きていたいのならそこを通せ』(フョードル・クルムキン准将)
 明後日の下見に行く。バスは安いが使えないことが発覚。一時間もかけてられるか……大根担いだ(抱えただったかな?)なんとやら……大学ってのはどこも同じような雰囲気だねぇ。
 ルートは確認した。ここ数日、自分の睡眠時間も把握してきている。大丈夫だ。後はやるだけだ。だが、終わった後がまた忙しくなる。我々は戦いの後のことまで考えねばならない。まず、月曜日。一日でピンキーの魂魄妖夢への改造を終える。夕方には秋葉に持ち込み予定。基礎工作はすでに終わっているからあとは早いはずだ。火曜日、この日一日で文筆業を一つ上げる。水曜日は諸般の都合で外出。いずれの日も週末に向けての勉強と兼用……だから、八月十七日までは忙しすぎるんだよ。と、いうか日柄一日「暇だ」と言っているようなグータラもこの世にいるだろうさ。そう言った方々の時間も回して欲しいぐらいだ。何で、時間は万人に平等なんだ!そして、交換不能なんだ!誰が決めた!?クロノス神か!?月読命か!?正直、今回は命運を使い果たすことになるかもしれない。

2004年6月18日(金) 晴れ
『どうでるつもりだね?ゴールドマン大統領閣下』(旧フランス領区大統領)
 爪切りが行方不明になったのと、鉛筆を削るための小刀を求めて買い物に行く。某安売り店を彷徨っていると、サングラスを額にのせた豪奢そうなおばさん(きっと20年前はすごくイカしていた女性だったのだろう)が、
「すいません、このコーヒーってどうなんですか?」
 と、アラブ首長国連邦製の50グラム入りコーヒーを示してきた。店員さんには聞けないか、流石に。しかし、そのコーヒー、私は散々煮え湯を飲まされた品だ。まるで、買う人間にネスカフェのエクセラと勘違いさせようと言う意図がミエミエのパッケージ……忘れもしない学生時代、私の『シナモンとコーヒーでサークル室で瀟洒な午後を計画』を見事に破砕してくれたコーヒーだ。なお、『ポッドに洗浄剤が入っているとは知らず腹を下した事件』とは全くの別件であることも記載しておく。
「ああ、それはコーヒーとしては下の下ですよ」
「どんな風に?」
「既にコーヒーの味がしません」
 別にどうってことじゃないのだが、これであのお婆さんに苦い思いをさせずに済んだが店の人には悪いことをした、と思うと何だか自画自賛したくなった。

2004年6月16日(水) くもり
『父上、今は戦時下ですぞ』(ギレン・ザビ)
 最近、ヘアバンドをしている女の子キャラを見ると、そのヘアバンドがモノアイレールに見えてしまうのは何かの病気なのだろうか?類例を挙げれば『この醜くも美しい世界』とか。

 今週中は週末に向けて死闘中。どのぐらい死闘かというとホワイトベースぐらい(謎)。

2004年6月15日(火) くもり
『我々はなおも戦いを続行する!英霊の護りあれ ジークジオン!!』(ベルム・ハウエル)
 誰が言ったかは忘れたが、
 『やるだけやって死ぬだけだ』
 たぁ名言だなぁ。

2004年6月14日(月) くもり
『……繰り返し心に聞こえてくる祖国の名誉の為に!ジークジオン!』(エギーユ・デラーズ)
 そろそろ、決戦に向けて体調調整に入る。

 どうやらまだ本気ではないくさい。もっとやればもっと本気になれる。7月から8月にかけては夏コミに合格したこともあり、まさに、八面六臂の活躍が求められている。そこだけでもやり抜ければいい。八月十七日(冬コミ申し込み完了予定日)以降は斃れてもかまわない。だから、それまでV−MAX発動中のレイズナー並に動かなければならないのだ。

2004年6月14日(月) くもり
『宇宙ではマヌケなセンサーより当てになる かまわん行ってこい!』(地球連邦軍超大型戦闘空母ベクトラMS隊タイラント少尉)
 決戦までのこり一週間。今は戦時であるが故に『今週の白薔薇さま』の更新は休みます。
 ずっと部屋にいるのも健康に悪いので気晴らしに散歩に出ると、琥珀さんのフィギア(チャイナドレス)が750円で売りに出ていた。即確保。一連の戦いが終わるまで、封印しておきます。こういった目の前に魚をぶら下げると、頑張れるものなのさ。後、データ移行の為に大量に必要になると思われるフロッピーディスクを大量に買い込んできた。

2004年6月12日(土) くもり
『だが今は平時だ。「MSは人間の知恵を生かすためのものである」という最初の開発者の言葉を忘れないでくれ』(地球連邦軍ベクトラ艦長ロウ・シン大佐)
 今、市場ではどういうパソコンがどれぐらいの値段で売りに出ているのかを調査する意味で秋葉原にいってきました。購入計画を立てるにも生の資料がないことには立てようがない。事件は現場で起こっているのだ。
 無茶をすればソフマップの牛丼に手が届くかも。いろいろ部品の値段を見て回っててきとーに足し算したら、そっちの方が安いやって結論になったから。

 かってきたものー
 100円ショップで適当に食糧(ラーメンとお茶請け)。
 ビデオテープ(そろそろ録画用のテープがへたれ始めた気がする) 
 スピーカー(新型パソコン@ゲーム機用。安かった)
 ピンキーの部品(スカートと脚)
 PS2用ラクガキ王国(もう一ランク安くなっていたから。何でも、東方シリーズのZUN様が一枚かんでいると言う噂を聞いたため)

 ピンキーコスのエヴァも買ってくる予定だったが色々と高度な政治的判断により次の機会にまわす。
  

2004年6月11日(金) くもり
『ぼくの箱の中で光りだす〜』(MEたんの歌より)
 ええと、色々パソコンが不調です。ウィルスにやられたわけではないので、最悪の場合、現行のパソから必要なデータを全てフロッピーに移し、他のパソコンに退避、何事もなかったかのように新しい生活を始めるという真似もできますが(というか、新パソが買えるならそれやってる。どうせ、今のADSLもそのうち解約するし、それぐらい、今の状況にうんざりしているんだ、私ゃ)、まぁ、現行の状況であがくしかないわけですよ。何ていうか、いろいろムカツクわー。ノートン先生がこれほど御しがたいソフトとは思わなかった。

2004年6月10日(木) くもり
『アイナ様、合流できそうにありません。自分は死に場所を見つけました』(ノリス・パッカード)
 いろいろやらにゃならんことが多い。毎度のことと言えば毎度のことだが。

 何事でも勝ち方とか攻略法とかこれをやれば十分受かるとか、これをやらないと合格には遠いとか、いろいろと手段があるが、自分で「これはいける」と道理の通ったことをやればいいような気がする。勝つときは勝つし負けるときは負ける。自分で、「俺の考えではこれこれを押えておけば、勝てるはずだ」とまじめに考えたことをやっておけば、テストの備えなど十分だ。みんながみんな同じことをやれば同じ結果にしかなるまい。何度も言うが、テストでも戦争でも、勝つときは勝つし負けるときは負ける。自分でやってきたことと勝てると思ってやったことを信じて、自分が納得するまでそれをやっていればいい。必勝法とか勝利の方程式などは、甘言に過ぎないのだ。

 今にして思えば、夏コミの申し込みを三日目にしときゃよかったと後悔する罠。え?三日目のどのジャンルで出るかって?そうだねぇ、多分、東方は一日目だろうから……あ、うちのサークルってこの春青年向け同人誌出したんだよな。それで、青年向けでだせば三日目でよかったのか。……くっ(ぎりっ……)

2004年6月9日(水) くもり
『妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!』(魂魄妖夢)
 この前考えたピンキーで魂魄妖夢を作る案。取り敢えず材料だけはそろえてきた。というか、ピンキーをバラで買って1000円近くか。エヴァのコスプレバージョンも売りに出ていたが、今回は見送り。妖夢の半身の魂はファンドを適当にこねて白く塗るとして、刀はボーフォードジャパンの武Vシリーズから取ろうと考えた。刀のフィギア(!?)としてはリアルだし、でかいので楼観剣としてはちょうどいいだろう、と考えてのこと。確実に日本刀が入ってるVだから、間違いないな、と思って買う。当たったのは斎藤一の池田鬼神丸国重。で、なげぇ。これをピンキーに持たせたら刀というよりは野太刀とか斬馬刀みたいなバランスになりかねない。鞘ごと背中に背負わせてみると、まるでコロ助だ(笑)。でも、この刀、MGのガンダムに持たせてみたらちょうど良かった。

 

2004年6月8日(火) 晴れ
『治乱興亡夢に似て 世は一局の碁なりけり』(昭和維新の歌)
数日前から痛んでいる足。よもや、骨折してるのかな?という考えが頭をよぎる。実は、私は生まれてから色々と怪我や病気を経験してきたが、手術と骨折だけはまだ経験したことがない。だから、骨折と言ったらどれぐらい痛いかというのが、実感していないのだ。だから、この足の痛みが骨折なのかもしれないと思った。だけど、今日、漸く少し走れるぐらいまで痛みが引いた。うーむ、骨折でも何でもいいが、足がまともに戻ればそれでいいんだけどね。私はエラいから、脚なんて飾りだという考えが分からないのだよ。

 さて、現代日本の問題の一つにあるのが介護問題。介護費用とか年金とか、老後に人間がダメになる、という方面で考えが進んでいるように思えるが、いっそ、ボケ防止とか健康維持とか、そっちの方面での研究を重視してみる方が建設的だと思ってみたり。現に、世界には高齢なのに信じられないぐらい健康な方々がいらっしゃる。そう言った方々の健康の秘訣を研究し、若者に若いうちからそういった秘訣を行うことを推奨すべきではなかろうか。国が財政難なら、なるべく国に負担をかけないようにするのが、臣民としての鑑であろう。人が栄えて国が栄える。けっして、226の青年将校の歌にあるように、人が栄え国が滅んではいけない。ある意味、そういった悲観と間違った達観が、戦前の大日本帝国の限界でもあったのだ。
 あれ?今日は介護問題について語ろうと思ってたのに、どこで間違えたんだ?

2004年6月7日(月) 晴れ
『大切なのよ 様式美はね』(月之森小夜子)
どうやら、風邪は完全に治ったわけではないらしい。薬で押さえ込んでいただけか。と、いうわけで、しばらくゆっくり養生して楽に風邪を治すことにしました。咳き込んだり頭痛がしないので非常に楽だ。そんなわけで、風呂屋にいこうかと思ったけど湯冷めして風邪がもっとひどくなってもつまらないので明日に延期。いや、洗濯したばかりでバスタオルも乾いてないし。

さて、今日は、ちょっち思うところがあるので私の母校を引き合いに出します。

 大学の役割とは、高校以下の教育機関とは微妙に役割が違ってきている。いや、大学が教育をしているのはついでであって、その本分は研究機関なのである。日本の大学が叩かれる一因に、学閥主義とかの器量の狭さとかがある。研究者は、その功を独り占めしたいのか、他人とのコミュニケーションがめんどいのか、いわゆる「学際的な」という言葉からかけ離れた行動をとりがちだ。いや、研究者同士の交流不精には目をつぶるとして、研究成果の公表という点でも遅れているといえる。 
 この日記をよく見に来てくれる方々は百も承知だろうが、福島大学は山の中にある。以前は福島市街にあったそうだが、山の中に移転してきたらしい。学際などを開いても、くるのは殆どが地元の方々だ。

 大学の付属博物館。これは、大学で研究したことをダイレクトに一般に公開できる手段である。決して、学生が研究やレポートの参考にするために作られた博物館ではない。そういう意味では図書館も一緒だが。一般の人たちにも多く尋ねていただいて、大学の研究成果ややっていることを知って感じてもらうためにある。
 そういう意味では、福島大学は、福島市街にあった方が良かったと思う。学際をやっても、あるいは何か学術的なイベントを起こすにしても、山の中で、地元の人たちぐらいしかこないのであれば、それで大学を語るのはへそで茶が沸く、というものだ。
 まぁ、福大自体が元は高等師範であって大学ではないのだから仕方ないと言えば仕方ないのか。

2004年6月6日(日) くもり
『…妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、少ししか無い!』(魂魄妖夢)
 風邪は治ったものの、足の甲が痛い。左脚に重量をかけると足の甲が痛むので、びっこを引いて歩くことになったり。

ピンキーストリートというシリーズ。それの、オリジナル展示会みたいなのをやっているらしい。ピンキー云々に関しては、各自ネットや模型店などで確認しておくこと。
 それで、いろいろ見ていて、「あー、これなら東方妖々夢の魂魄妖夢が作れるな」と思う。ピンキーを改造して霊夢と咲夜さんが作ってあったのを見てね。でもね、今は忙しいんだ、困ったことに。モデラー人格はすごく疼いているんだけど、そこまでやれるほど余裕じゃないんだ、わたしゃ。あ〜、でも改造してぇ。

2004年6月5日(土) 晴れ
『失礼な、酷い目に合わせたのではない 目も当てられない状態にしただけだぜ』(霧雨魔理沙)
 いやー、死ぬかと思ったと言うか何と言うか。
 今日は病院の定期検診だったが起きるとかったるい。で、病院いって
「何か調子悪そうだけど?」
「いや、風邪引いたみたいでして」
 で、体温計ってみると39度。もう、驚くのを通り越して思わず笑いそうになった。だって、関節が痛むから階段とか歩いてるとつらいは悪寒は走るはで、かなり、もうダメかと思ったことがけっこうあった。
 で、病院ではいつもの薬に加えて風邪薬も出してもらえた。帰ってご飯食べて薬を飲むと、一気に楽になった。熱も悪寒も感じてないし。暑いって、扇風機回したぐらいだ。いやね、普段専門の風邪薬なんて飲まないから、結構効くんだね。
 そうそう、夏コミのチケットが手元に届いた。場所は、土曜日の東コの12b。マリみてスペースだが新刊は東方だ。

2004年6月4日(金) 晴れ
『物事は準備が一番楽しい いや、そういう奴も居るんでね』(霧雨魔理沙)
 しまった。一つミスった。なんでこんな簡単なことを見落としたんだ。この奢りが綻びを生むと言うのに……

 さて、今日は諸般の都合から参議院の事務局に行って来た。色々警戒しているらしく、棒を持ったお巡りさんを良く見かけた。そうか、今日は議員の先生方はみな徹夜ですか。私も徹夜で中継みたいけど明日病院だからとっとと寝ますかね。今の政治に色々文句をいっている人たちがいるが、要は『きさまら政治をゲームにしやがって』ってことでしょ? まんまそうじゃないか。自分の意見を通すために強硬手段に訴えそれに強硬手段で対抗する。与党も野党もみんな、政治をゲームとしか考えていないように感じられる。
 所々警戒強化の為に閉鎖しているところもあり、一瞬迷ったが、お巡りさんも増員されていたのですぐに道を聞けた。

 帰りに、宮城を拝み秋葉原まで歩く。カラフルピュアガールを買うために。そうか、次は緋々色金か。たしか、日本神話にでてきた伝説の金属で、日本版オリハルコンみたいなやつだったかな?誰だったか、昔の帝がそれ製の鎧だったか剣だったかを持っていたという……その後電車に乗ったがそれは神田から。脚が疲れるがこれで30円は浮く。もっとも、喉が渇いて100円の飲み物飲んでりゃ世話ないが。

2004年6月3日(木) 晴れ
『この機体と核弾頭は頂いてゆく。ジオン再興の為に!』(アナベル・ガトー)
 さて、ちと厄介なことになってきたぞ。
 次の夏コミ新刊は東方VSゲー天、で考えている。スペースはマリみてなのにね。で、そうま竜也(ゲーム天国のキャラデザの方)絵の練習中。今はマンガを描くほど余裕は無いのだが、その内余裕ができるはず。そのために、時々練習をしているわけさ。
 
 ちなみに、この前某古本屋で今は亡きエンターテインメントバイブルを発見したので押えておく。真の価値を知らぬ輩め、こんなナコト写本級の文献を105円で売るとは……物の価値を知らぬとは哀れなことよ。2冊あったが、持っていなかったのは『アクシズ戦争篇』。『MS開発戦争篇』も一緒にあったが、実は、前に一冊入手しているのでこれで二冊目。だが、貴重な文献の保守と言う観点から考えから私が確保しておいた。
 

2004年6月2日(水) 晴れ
『悪貨は良貨を駆逐する』(サー・トマス・グレシャム)
この前のことだった。ふらっ、と本屋にいくと、のっぴきならない物を見つけた。
 私の好きな漫画家に宮城とおこ先生という方がいるのだが、この人の新刊が出ていた。だけど、それって、前に買った本の『増補版』だった。ページを見てみると、構成は殆ど前の本と同じ。どうやら、漫画を一本追加し、一部のページを描き直しているらしい。いや、普通に考えたら買いだろう。私が、この本の増補版ではない本を買っていなかったら間違いなく買っていただろう。だけど……26ページのまだ未読の漫画に600円……同人誌経済で考えれば正統な価格だが……
 ……なにぃ!?その漫画のタイトルが『天然巫女姫』だとぅ!?買いだ、買え!こりゃ問答無用で買え……買ってきました。そういえば、この前までコバルトで連載してた『白桜の園』、早く単行本にならないかなー。

2004年6月1日(火) 晴れ
『バーザムは後部ラッチにバズーカを持っていた』(トッシュ・クレイ)
 どうやらエゥーゴvsティターンズDXがでるらしい。
 …………
 …………
 …………
 なにぃ!? バイアランとバーザムがくるだとぅ!?
 バーザムのメジャー化を願う私としては期待するばかり。やはり、バーザムにはハイパーバズーカとシールド装備版があって欲しいものよ。カトキリファインバーザムを!
 …………ん?まてよ、ってこたぁ、仮にHGUCバーザムが出た場合、それはバズーカとシールドを装備したセンチネル版になる、ということか?(HGUCシリーズは皆、カトキハジメがデザインをリファインしているから)

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