to コトノハ通り to 道草日和
カタコト径
うっかり書き散らされた小説の断片。
つまり断片小説。

 

 4/26  朗読その2


 「何かを得るためには、必ず何かを犠牲にしなければならないんだよ。
 さあ、君は、何を差し出す?」

 プラスマイナスの神様(僕はとりあえず彼をそう呼ぶことに決めた。長たらしいので、以後「プラナス様」と書く)は、つるりと僕にこう言った。
 「その前にまず順番を変えましょう。」
 いかにもその場しのぎな返事だ、と自分でも思いながら、僕は答えた。
 「もちろん、まったく構わないさ。さあ、君は、何を望む?」
 即座にプラナス様が言い換える。つまりは同じことなのだ。

 僕は、少し悩んだふりをして、初めからわかりきった望みを口にした。
 「欲しいと願った物、それを欲しいのです」
 「ハハハ。了解。造作もない。いいよ、いつでも叶えてあげるよ」
 プラナス様はそう言って、かもめの速さで宙に消えた。
 僕はすぐに、しまった、と思ったが、もう遅かった。

 「いつでも」なんかじゃ駄目なんだ!
 「今すぐ」じゃなきゃ駄目なんだ!
 
 3/8  朗読


 こうして、神様は、僕が欲しかった以上の物を与え、
 僕が一番欲しかった物を奪っていった。

 「ご覧、この世というものは、いつでもプラスとマイナスで出来ているんだよ」
 と、その神様は言った。

 僕は、「まったくです」と頷く代わりに、足元の棒を拾い上げ、
 地面に大きくこう刻んだ。
 「±0=0」
 そしてそのまま、しばらく黙ってその公式を睨みつけていた。

 彼の言葉は真実だけれど、
 それを信じたらおしまいだ、と思ったからだ。
 
 11/14  いろいろ考えることがある


 とにかく今できることをやる。本気でやる。
 できないこともあまりに多いけど、まずはそこから。

 日々の暮らしをほんの少しだけ濃密にしながら。
 退屈な繰り返しにもせいいっぱいの神経を研ぎ澄ませて。

 「幸せになろう」なんて考えなくていい。
 自分の在り方をゆるやかに極めてゆけばいい。

 人、能力、巡りあわせ。その他もろもろ。
 自分の持ち分は足りている。
 あるものはあるし、ないものはない。

 ともかくも、辿り着けるところまでは、やってみる。

 体感0度の吹きっさらしの中で、
 ふと、そんな気持ちが、
 全速力でうずを巻くように、すらすらと組み上がっていった
 ある日の帰り路。
 
 4/3  雪融けて


 物事を深く感じるには、ゆっくり歩くのがいい。
 それは、いつだって正しいことだ。
 駆け足では気付かないことも、世の中に多いだろう。
 でも、
 自転車の、あの晴れやかなスピードの中で、初めて見えてくるものだって、
 きっとあるはずなんだ。

 私は、今日から自転車に乗る。
 赤い靴を履いて。

 だって、風は、もうその気になっているから。
 
 2/4  期待


 正夢を見た。
 笑顔で終われた。
 帰り路、転ばなかった。

 もう少しだけ、用意されているのかも。
 
 12/26  残しておけないもの


 この街では、毎年、クリスマスに、その冬で一番美しい粉雪が降る。

 言葉にするといかにもキザっぽいけど、そういう決まりなのだからしょうがない。
 だって、そうでなければ、あのうず高く降り積もった、無数のダイヤモンドを
 いったいどうやって説明できるだろう!
 足下に舞い映る雪影のホログラムを、どうやって説明できるだろう!

 その光景は、いつも決まって、クリスマスと共に現れる。
 そして、明日になれば嘘のように消える。

 残らないもの。残しておけないもの。
 まるでホタルの光。

 一つ違うのは、私はホタルの光を知らないけれど、
 この輝きを知っている、ということ。
 少なくとも、せいぜいダイヤモンド無数個分くらいの幸せはある、ということ。

 それだけで、なにもかもがうまく回っているように思えてきた。
 
 9/5  244番目のブルー


 秋はきた。

 まだ暑い。でも、秋は来た。

 九月の空は遠い青。
 地上には、無数のフィルター。
 見るものすべてに透明な色をつける。
 もう昨日までの空気じゃない。

 どんなに陽射しが強くたって、
 この風の温度は、もう九月。
 この空の高さは、もう九月。

 秋は、九月一日に始まる。

 空が舞い上がる日。
 世界が息を吸い込む日。


 これからだ。

 7/28  不眠性


 「面白くない文章を書くことは、私にとって苦痛だ」。
 こう言うと、とても不遜に思われるかもしれない。私もそう思う。
 言い換える。
 「面白いことを目指さない文章を書くことは、私にとって苦痛だ」。
 だから、小学校の時の読書感想文は、大っ嫌いだった。
 あれは、あらかじめテンプレートが用意されている文章だ。穴埋め問題と同じだ。
 一見「自由」のようでいて、何を書けばいいのか、実は正解は始めから決まっている。
 いくつものチェックポイントがあって、コースアウトすると失格になる。
 コースの中には、読んで面白いものなどひとつもないのに。
 空気と力と世界を封じた言葉は、コースの外にたくさん散らばっているのだから。
 ある瞬間から、その存在に気づいた人は、そんな力の、そしてその使い方の虜になる。
 早い人は、読書感想文の時間の最中に。
 遅い人は、それから先のいつか。

 バスの話をしよう。
 このバスは目的地までの直行なので、乗客は、ただ乗っているだけでいい。
 バスの中は退屈だから、たいていの人は、眠って時間を過ごす。
 それが一番効率的だし、何より、間違いがない。
 だけど中には、そうしない人達もいる。
 眠れない人。眠るのがもったいないという人。
 あるいは、「皆と同じように」眠ることが我慢ならないという人。
 そういう人は、いつしか、窓の外に目を凝らす。
 そのうち彼らは、流れてゆく景色の中に、置きっぱなしの自転車を見つける。
 または、スケボーを見つける。魔法のじゅうたんを見つける。
 そして、彼らはいつのまにかバスを降り、めいめいの乗り物を操って、目的地を目指す。
 あるいは、目的地なんかとっくに無視して、新しい行き先を創る。
 やがて、眠っていたバスの乗客が目を覚ます。
 ふと窓の外を見ると、自分達とは「違った」人が、そこに居る。
 風に髪の毛をふわりとなびかせて、自転車を漕いでいる。
 時々足で地面を蹴りながら、スケボーの上で鼻歌を歌っている。
 他の皆の笑い者になりながら、時代遅れの派手なじゅうたんにしがみついて、ぎこちなく空を飛んでいる。
 それを見た人の反応は様々だ。
 ある人は、彼らは最初からこのバスには乗ってなかったはずだ、と言う。
 ある人は、自分もあんなふうになりたい、でも、このバスは走っているから降りられない、と言う。
 ある人は、自分もバスを降りて自転車を使いたいけど、自転車に乗れないのでひとまずバスに残る、と言う。
 ある人は、降りたいのに、乗り物が見つからない、と言う。
 ある人は、それでも降りる。
 ある人は、ふうん、すごいね、ところで到着はまだかなあ、と思う。
 ある人は、ちくしょう、やられた、先手をとられた、と思う。
 ある人は、うっとりした目で、ただ、その子の風になびく髪を見ている。
 一番楽なのは、ずっと眠り続けた人だ。

 たとえ話の最中に、少しばかり話が大きくなった。
 穴埋め問題だと、こういうことはない。やはり、眠っていた方が楽だ。
 ただし、私にとっては、それが苦痛だ。
 6/21  反カリカリ主義、またはウェイターの合否


「……トーストって、あまり好きじゃないのよね、私」
 礼が言った。
「えー、なんで?」
 妙子がすぐさま尋ねる。わたしはまだメニューを選んでいた。
「だって、もともとパンって焼いてある物じゃない? それをわざわざもう一度焼き直す意味がわかんない、というか」
「でもさ、その方がカリッとしてておいしくない?」
 妙子が口をとがらせる。
「柔らかいままの方がいいよ、私は」
 と礼。
「焼いた方が香り出るよー」
「でもボロボロこぼれる。耳とか最悪」
 最悪、は言いすぎじゃないかなあ、とひそかに思うわたし。あっと、早く決めなきゃ。
「えー、そうかなー」
 妙子は特に気にする様子もない。慣れてるのだ。
「マキちゃんは?」
「え?」
 わたしはようやくメニューから目を離した。とりあえずトーストはやめておこう。
「焼いた方がおいしいよね、絶対」
 妙子が、隣に座っているわたしの腕を揺さぶる。同意を求めるときの彼女のくせだ。私はうーん、と言いながら、空いている方の手で水を一口飲んだ。
「どうかなあ……とりあえず、焼かないと、バターがつけづらい、かな。溶けないから」
「え……真紀って、パンにバター塗ってるの?」
 礼が意外そうな声を出した。
「あれ。塗らない?」
「それはないよー。絶対マーガリンだよー」
 妙子も笑って首を振る。う、いつのまにやら2対1。いいけど。
「……だってさ、テレビとかお話の中に出てくるトーストって、だいたいバターが定番じゃない。小さい頃に一回それ真似してみたら、なんかそのまま習慣になっちゃったんだもの」
 わたしが弁明すると、礼が可笑しそうに言った。
「真紀って、けっこう形から入るタイプよね」
「あ、それわたしも思ってた」
 妙子も頷く。
「そっかな」
 うーん、言われてみればそうかも。ってトーストの話はどうなったのよ。
「でもさー、アヤちゃんてあれでしょ? カリカリ系がダメなんじゃない? ひょっとして」
 あっ戻った。
「そうかしらねえ」
「もしかして、焼きギョーザとか嫌いじゃない? 水ギョーザの方が好きそう」
 とわたし。
「うん、それ当たってるわ」
「わーやっぱりー」
 妙子がぱちんと手を合わせる。
「じゃあさじゃあさ、石焼ビビンバ混ぜるときにさ、ナベのふちでおこげ作るのもイヤでしょ?」
「あー絶対嫌それ。理解出来ない。なんでわざわざ食べづらくするの? あれ」
 礼は顔をしかめてみせた。ほんとに嫌そうだ。
「あれがいいんだよー。あの香ばしさがポイントなのに」
「混ぜるだけででいいのよ私は」
「だったら食べなきゃいいのにー」
「いいじゃない、食べたいんだもの……真紀は?」
 今度は礼がわたしに同意を求めてきた。まあ彼女の場合、あんまりそういうのは必要としてなさそうだけど。
「んー、私は……」
「どっちよー」
 また妙子がわたしの袖をぎゅっとつかむ。
「おこげ作る派? 作らない派?」
「食べたいけど作らない派」
「なにそれ」
「昔ね、おこげが奥歯にくっついて、むりやり取ろうとしたら、歯のつめものまでいっしょに取れちゃったことあるんだ。それ以来、怖くてビビンバ自体食べれない」
「ぎゃー悲惨」
「ビビンバにトラウマを持つ女」
 二人が口々に相槌を打った。なんかすごい言われよう。それにしてもさっきから水だけでずいぶん粘ってるなあ、わたしたち。
 ふと、向かいの席に座っている礼の肩越しにカウンターの方を窺ってみると、さりげなく目をそらすウェイターの姿が一瞬、見えた。ほらほら、マークされてるってば。
 いいかげん、注文しないとさあ。
「この前もね」
 そんな事など気にもとめていないふうで、礼は頬杖をついた。
「お店でビビンバ注文したら、店員がいちいち、おこげはこうやって作ってください、みたいな感じでしつこく説明するんだもの。私もう苛々して、『いいです、普通に食べますから』って言っちゃった」
 その様子がまざまざと目に浮かんだので、わたしは思わず吹き出した。もちろん妙子も。
「それ、あんまり『普通』じゃないと思うんだけど……。それで、お店の人は?」
「『何この女』って顔してた」
「あ、それ失格」
 妙子がいつになくきっぱりと言った。
「うん、確かにダメだね」
 わたしも同意した。
「でしょ」
 と礼。なんとまあ、この三人における、本日はじめての合意だ。
「客商売なんだからさあ、そこは笑顔で乗り切らなきゃだめだよねー。イヤなの顔に出してるようじゃ、全然まだまだだよ」
 妙子が大げさに手を振った。バイト先での彼女はたくましいのだ。
「うん、例えそれがどんなにイヤな客でも。ね」
 わたしも笑って言った。もちろん、礼の方を見ながら。
「そうそう」
 特に悪びれる様子もなく、礼が頷く。こういうところは見習いたい。
 その時、視界の向こうから制服がやって来た。
「あのー、申し訳ございませんが……」
 礼と妙子が同時にふり向く。
「恐れ入りますお客様、ご注文の方、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
 いくぶん腰をかがめて立っているのは、さっきのウェイターだった。いつまでたってもわたしたちが声をかけないので、いいかげんにしびれをきらしてやって来たのは明らかだったが、そのわりには、特に物腰焦ったようなところもなくて、わたしたちが入って来た時と同じ「いらっしゃいませ」の笑顔を完璧に保ったままで、三人分のオーダーを待っている。
 よしんば、「何この女たち」という表情が彼の内心にあったとしても(というかたぶんあっただろう)、少なくとも彼は、それをうまく隠すことに成功していた。
 わたしたちは悪戯っぽく目を交わした。
 よし。この人は合格。
「あ、なんかすいませんどうもー。いいですか? えーっと、この『魚介のパエリア』と……」
 ……て何様なんだろ、わたしたち。
 メニューを指さす妙子の横で、わたしは思わず苦笑いした。
(余談) とりあえずキャラ探り中の三人です。基本構図はだいたい思惑通りですが、やっぱりまだまだですね。これからいろいろ動かしてみて、うまいことキャラがつかめればなあと。細かい設定等はまだ全然考えてませんが、いちおう三人ともフルネームは確定済み。ちなみにこの会話、内容にまったく意味はありません。単なる雑談。


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