誰も知らない『三國志』武将


時は乱世三国時代。各地にあまたひしめく智将、猛将の華々しい活躍の陰で、
こんな武将たちがこっそりとお茶を濁していたことは、意外と知られていない――。




その1


こう  そん  こつ
公孫骨


〜あゝ流浪の日々〜
何がいけなかったのだろう
 字は雑魚(ぞうぎょ)。初め劉ヨウ*に仕えるが、軽んじられる。その後、王朗に帰順し、やはり軽んじられる。なぜか陳珪・陳登父子にも軽んじられる。ついでに馬鉄にも軽んじられる。さらには的盧にまで軽んじられ、不遇のうちにその生涯を終えた。


ちょ  ちょ
猪猪


〜駆け抜けろ乱世〜
兵あずけたくねぇ〜
 字は猛進(もうしん)。恩ある孔融のために、たった一騎で曹操軍に突入し、瀕死の重傷を負う。長坂坡(ちょうはんは)では、阿斗を抱いた趙雲と肩を組んでかろやかに伴走し、敵陣の包囲網にあっさり捕まる。さらに、赤壁の戦いでは、わざわざ曹操軍の船と連環して戦い、自軍の放った火に巻き込まれて大打撃を被った。のちに劉備から「猛進は一身全てこれ炭(たん)なり(猛進は全身が炭化しているに違いない)」と評された。


ば  ほう
馬呆


〜自意識過剰な凡夫〜
なんか不憫だ

 幽州の刺史。董卓の横暴に怒り、諸侯に向けて真っ先に討伐の檄を飛ばすも、特に反応はなく、誰もついて来なかった。その後、曹操が檄を飛ばし、諸侯連合軍が集結したが、彼のところに檄は飛んで来なかった。それでもむりやり出陣するが、戦功にはやって深追いし、馬を射られて落馬した。その時の傷がもとで病の床につく。いまわの際に、「曹豹に自国を任せたい!」と意味不明の遺言を残して息絶えた。



(*おことわり) 「劉ヨウ*」の「ヨウ」は漢字変換できないので泣く泣く断念。


(*おことわり2) ↑その「ヨウ*」も漢字変換できないので泣く泣く断念。


(*おことわり3) ↑その「ヨウ*」も(あーうるさいっ)。



 

こんごのなりゆきを

みまもりますか【】?


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